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2008年7月 8日 (火)

アウトオブサイト・アウトオブマインド

英語にも同じ意味の諺がある「去る者は日々に疎し」という言葉は、ある意味非常に真理を突いていると思います。やはり毎日見ている顔に情が移り、大事になっていくのです。

大学を卒業して早30余年、学成り難いままに今日に至って、悲しいような寂しいような・・・仲のいいクラスで毎年のように行われていた同窓クラス会も、私が幹事になった途端8年も放置されてしまいました。

時々メールで無責任だとか、忘れてんじゃないのとか、叱られてはいたのですが、忙しさにかまけて気付いたら何と8年の月日が流れていたのです。

ある同窓生の「今度一度、大学に行ってみたい」の一言がきっかけで、じゃあ皆で大学見て懐かしんだ後、国分寺辺りで飲み会やろうと、とんとんと事が運び、やっと積年の肩の荷が降りそうな気配となりました。

案内の往復葉書を書いていると名前から顔が浮かび上がってきます。不思議な事に老けた顔と若い顔が入り交じっているのです。卒業以来会っていない顔は若い時のままだし、既に何度か顔を合わせている顔は当然の如く老け顔です。

若いときはシャープで希望に燃え、はつらつとしていた顔が、いつしかくたびれて、それなりになって・・・ 去る者は日々に疎しですが、若いときの記憶は鮮明です。

若いイメージのまま欠席を続けている人の顔と、貫禄、人間的奥行き、優しさが年輪となった価値ある大人の顔と、比較と言えばおこがましいのですが、会うのが楽しみなようで怖いような、複雑な気持ちと言うのが偽らざるところでしょうか。

そんな久しぶりのクラス会ですが、時を超え、昔日のキャンパスにしばし佇み、セピア色に染った若かりし日の面影をたどりながら、何とか今日まで大過なく来られた幸運と、艱難辛苦の人生を慰めあうしかないのかもしれません。


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