オタクもどき
私がカーデザイナーになったのは車と絵が好きだったからです。両方を結びつける職業として、これ以上のものは無いと思ったのです。ガキの頃から、絵を描くのが大好きでした。周りを見渡しても自分くらい繊細且つ緻密な絵を描く人間はいないと思っていたのです。
美術大学に行くと、流石にかなりな猛者がいました。緻密度では負けるかもしれない人がいたのです。更に就職してこの業界に入り、世界を見て驚きました。上には上がいるのです。とてもそこまではついていけないスーパーオタク(良い意味)を発見するのです。
勿論こういう世界ですから、世に言うところのオタクも沢山います。秋葉に行けば似合いそうな人たちの事です。しかし、そういう人達を十把一絡げにするのは大変危険なのです。なぜなら玉石混淆だからです。分かりやすく言えば、オタクは創造する側と、消費側に分かれるのです。
クリエーティブな世界で必要とするのは勿論前者です。今は様々な分野で活躍して、日本経済を支える貴重な原動力となっています。そこを混同して消費側のオタクまで過大評価する事は間違いです。一般的には区別がつきませんから、妙に優遇される事になっています。
ところで麻生さんのように単に漫画を読むからと言ってオタクを標榜するのは「ちょっと違うんじゃないの?」と思ってしまいます。そこで妙に若者に媚びたり、人気取りをするのは良識ある大人の行動とは思い難いのです。ましてや政治家としては大いに疑問が残ります。
実際は色々読む中に漫画も含まれる程度の事ではないかと思いますが、それならばもっと疑問です。あまり漫画を見てないので資格がないかもしれませんが、個人的に言わせてもらえば、殆どのアニメや漫画はどう見ても、お子様用としか思えないのです。せいぜい大学生どまりでしょうか(?)
ベネチア映画祭で栄誉金獅子賞を受賞した宮崎駿作品も何作か見た事があります。良く出来ているとは思いますが、あくまでも子供向けとして作られているのであって酸いも甘いも噛み分けた大人の観賞に堪えるものとは言い難いのです。こういう作品が評価されるという事は世界的に人間が若返っているのかもしれません。
そういう訳で、その程度の感性、精神年齢の人を、一国の宰相以前に大人として理解しかねるという話です。失言がやたら多いのも物事を深く考えていない証ではないでしょうか。
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