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2011年1月24日 (月)

長屋の頑固親父しか選べない、貧困なる選択肢

石原さんは春の都知事選に出る意志を固めたのかもしれません。最近メディアへの露出が増えました。日曜日も梯子でテレビに出まくっていましたが、あるコメンテーターが言った「長屋の頑固親父」は言い得て妙ではないでしょうか。

石原都知事がある東京の大学の入学式で、司会が生徒を立たせながら礼をさせなかった事に苦言を呈したのを見てそう言ったのですが、そういう頑固親父は確かに今の日教組に毒された教育界には必要かもしれません。

そう言う私も頑固親父と言われるような年頃になって言いたい事は色々あります。先日も電車の中で世にも奇妙な体験をしました。凄く混んでいる訳ではなかったのですが、つり革にぶら下がっていると揺れた瞬間に隣の若い人の肘に触れたのです。

次の瞬間、凄く意外な事に、その20代サラリーマンとおぼしき若者は「すみません」と言うではありませんか。今時感心な若者だと嬉しくなったのですが、我々の前の優先席が一人分空いた時の態度はさらに驚くべきものでした。

その感心な若者は丁寧に「どうぞ」と言うのです。私はそんな年でもないのに、と戸惑いながら、何人かの立っているお年寄りの姿を見ていた事もあって、とんでもないと辞退すると、何とその若者は、さっさとその席に座ったのです。(汗)

さすがに我々の世代では考えられない事です。私は頑固親父よろしく、最近の若い者は、などと説教を垂れる気はありませんが、これは明らかに教育の問題ではないでしょうか。世界的に見て、普遍的な道徳セオリーに照らせば明らかに異質です。経済では濡れ衣であった日本異質論の種は意外なところで培養されているのかもしれません。

そういう点で歯に衣着せぬ、例えば変節の与謝野さんに対し「軽蔑します!」とはっきりものを言う石原さんの姿勢は評価出来るところもあります。言うべき時に、言うべき事が言えるというのは政治家としての必要条件です。前提と基本さえ間違っていなければの話ではありますが。(笑)

ところが残念な事に、石原さんは経済の分野ではその前提と基本が間違っています。特に国の金融や財政に対しては致命的な間違いを犯していると言わざるを得ません。前に当ブログで言及しましたが、「日本の財政状況ではEUにも参加させてもらえない」という180度間違ったネガティブな話をまた蒸し返していました。

この程度の初歩的間違いを誰も指摘しないのも面妖ですが、影響力のある人が公共の電波を使って、さも正しい現実であるかのごとく述べるのは問題です。是非、きちんと勉強をやり直してもらいたいものです。

だからと言って、次の都知事選に出馬しなければ、もっと大きな間違いを犯す事になるかもしれません。名前が挙がっている立候補者の面々を見ると、そう言いたくなります。

今のところ、蓮舫、そのまんま、舛添(敬称略)あたりが言われているようですが、はっきり言って、この連中ではお先真っ暗です。私は東京都民ではありませんが、消去法で現都知事を選ばざるを得ない東京都民に同情を禁じえません。

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