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2012年1月 9日 (月)

経済とは自転車操業の事なり

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土曜日の日本テレビで、倉本聰さんへのインタビューを楽しく見させてもらいました。作家の感性は豊かです。含蓄のある話が聞けます。ところが、筆者の悪い癖ですが、あるフレーズに引っかかってしまいました。(笑)

日本はスーパーカーだけど、肝心の二つの機能を作り忘れたと言われたのです。ブレーキとバックギアです。話の脈絡としては、五木寛之さんの下山の思想と似ているのかも知れません。再出発の為には時には立ち止まり、後退する事があってもいいのではないかというのです。

それはその通りです。いつもあくせくするのではなく、そのくらいのゆとりは必要だという意味で同感です。ただ、事、経済に関するとそうも言っていられないのです。

青山学院大学教授で、ミスター円と呼ばれた榊原さんなども、「経済発展より、豊かな環境の日本においては、生活をエンジョイする心の豊かさが必要」みたいな事を言われますが、さすがにそれはまやかしではないでしょうか。そんな事が経済発展なしに出来れば苦労はしません。

経済と言うと難しく感じますが、「日々の糧を得る行為」と考えればいいのです。人間は食べなければ死にます。水も空気も必要です。当たり前ですが、呼吸しなければ死んでしまうのです。

そういう意味では立ち止まったり後退したりする事はあり得ません。言わば自転車操業ですから止まれば倒れます。生物は常に前進あるのみなのです。生きる為に食べる、食べる為に働く、全て当たり前の事です。その当たり前の事をしていただけで経済は発展するのです。これは人間だけに許された特権です。

ではなぜ他の生物には経済発展がなく、人間には経済発展があるのでしょうか。答えは簡単です。人間は絶えず工夫をするからです。去年よりは今年、今年よりは来年と、工夫や改良で生産量を伸ばします。

考える頭脳がある限り、これが人間にとっては当たり前の事なのです。だからずっと発展して来ました。経済規模が昔と比べて圧倒的に違う筈です。別にインフレでGDP が大きくなって来た訳ではないのです。

国と国との間で差がつくのは、環境もありますが、知恵と勤勉さが違うからです。日本は資源がない小国だから一生懸命努力して働かなければ食べていけないと、よく教わりました。

本当はそんな事もないのですが、その前提をここでは否定しません。安全保障を考えれば人(他国)より一歩先んずるに限るからです。しかし、日本人にとって、それは大変な事ではありませんでした。普通に働いていれば発展したのです。他国と違って昔からのノウハウの蓄積もあり、発展の速度は速い方と言えます。

それはこれからも連綿として続いて行きます。人類は皆終着駅のない電車に乗っているのですから当然です。ではなぜ、今、発展が止まったのかと言えば、それも簡単です。外と関わりを持ったからです。出る杭は打たれます。安全保障上、トップの国に肉薄する事は許されません。

もし、海外と積極的に関わらなければ、これ程の発展はなかったかも知れませんが、止まる事もなかった筈です。過去には望まない戦いを強いられ、多大な犠牲も出しました。

しかし、こればかりは、こちらが関わり合いたくなくても、相手が関わり合いたいのですから始末に負えないのです。そこで必然的に軋轢が生じます。日本人は人がいいので想像すらしていないようですが、今日の停滞は日本人が内包する問題が原因ではありません。外とその傀儡によるサボタージュ(破壊活動)が原因です。

これを排除して成長軌道に戻さなければ、早晩日本は立ち行かなくなるでしょう。人間にとって発展が止まる事は色んな意味で死を意味するのです。今日本が抱えている社会保障他の問題を考えれば分かりますが、立ち止まるゆとりはありません。

普通の成長軌道に戻し、経済を発展させれば全ての問題は解決します。それは一にも二にも供給力に見合った流動性の確保です。それを阻害するものを排除し、日本人の日本人による日本人の為の供給力を維持し発展させる為に、あらゆる施策をすればいいのです。

 

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