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2012年8月22日 (水)

ある中途半端な国の物語(1)

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海外出張前後、準備やらで忙殺され更新が遅れました。今後も毎日というわけにはいかないかも知れませんが、悪しからずご了承下さい。

さて、今回は、ある架空の国の物語を綴ってみたいと思います。ある日本人起業家の目で見たフィクションです。名付けてコーラ国の物語、(笑)お楽しみいただければ幸いです。

「田山さん、FTA はご存知ですね?」田山のコーラ国エージェントであるジェーク氏との車中での会話である。どうもEO諸国とコーラ国との間で交渉中のFTA (自由貿易協定)について尋ねられているようだ。

ジェーク氏のこの手の質問には、いつも辟易とするのだが、こちらは何も知らないと思っている節がある。田山自体、経済に凄く詳しい訳ではないので偉そうな事は言えないが、ジェーク氏程度の知識は持っているつもりだ。

やや怪訝な表情を演出し、「それが何か?」と答える田山に被せるように「コーラ国はねえ、FTA を締結するんですよ。自由貿易にどんどん進んで行く訳です」と、どや顔を向けるジェーク氏、お定まりのパターンだ。

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チャバンの政府が無能な事を良く知っている氏は、やや強引とも言える自国の政策を誇りに思っているのだろう。新自由主義やグローバリズムを絶対的に信奉しているのかもしれない。彼の目からは、グズグズするチャバンは物足りなく見える。

「よろしいんじゃないでしょうか」と言いながらも、今一ピンと来ない田山は、頭の中でその原因を探っていた。コーラ国は田山の祖国であるチャバン国の資金と技術援助によって、奇跡と呼ばれる経済発展を実現した事は事実であるが、貿易を完全自由化してやって行けるだけのものが果たしてあるのだろうか。

確かに電機分野ではチャバン国に肉薄する売れ行きを世界で見せてはいるが、元々は何もなかった国である。保護貿易をしながら得意分野だけを売り込む重商主義的政策に出るなら分かるのだが、完全自由化してEO と互角に張り合えるとは思えない。国内に多大な犠牲を強いる事になりはしないか。

田山の持論であるが、そもそも無駄と環境汚染の権化である貿易などというものは、経済という舞台では主役になり得ない。余剰物の物々交換で国が相互に豊かになるならば悪くはないが、実態はグリース国とボッシュ国との関係を見ても、そうあまいものではないのだ。

それはそうだろう、発展途上国や先進国、あるいはチャバンのように超がつく先進国、また軍事的に覇権を持つ横暴なメリカ合衆国相手に対等な取引など出来る筈もなく。まして収支を器用に均衡させるなどと言う事はあり得ない。

チャバンのような黒字国の裏側では赤字に苦しむ国が必ず出るのだ。従って、何らかの不正な手法をとらざるを得ないのは自明の理である。完全にフェアで対等にやるには膨大な資金力が必要だし、為替だけを頼りにするやり方にも限界があると言わざるを得ない。

田山はスミスの国富論を何かで聞きかじって、経済の基本は、物作り等の実体経済を伴う内需にあるという持論が正しいという確証を得ていた。スミスの祖国ブリテング国と時代や状況が違うにしても、経済の基本が大きく違う訳はない。大切な事は自国民が幸せになり、国が栄える事である。

その国と言う単位が持続可能なものとして、国民が豊かで幸せに暮らす為には何が必要であろうか。まず、言うまでもないのが食料である。これだけは自給出来ないなんて事はあり得ない。生殺与奪の権を他国に握らせる訳にはいかないのだ。

次に住、安全で快適な住が重要である事は論を俟たない。ついでに衣食住の衣も重要だが、食住に比べれば優先度は落ちる。さらに、それら基本的なベースが自前で揃った上での安全保障であるが、守るべきものが確かにある事はモチベーションにも関わるだろう。

少なくとも持続を前提とした国家としては、これだけで十分である。これ以上は贅沢と言うものだが、地球にはこの贅沢を許すだけのキャパがあるかややこしい。そのキャパこそが問題をこじらせるのであるが、分捕り合戦は世の習いなのだ。

そこを平和的に解決するのが貿易と捉えれば分かり易いかもしれない。チャバン国の余剰生産物をコーラ国の余剰物資と交換すれば平和なのだ。ところが、コーラ国にチャバン国が必要とするものがなく、逆がある場合は面倒な事になる。

第三国をかましてでも、何とか手に入れようと画策するだろう。ここで登場するのが国際通貨である。国際決済が出来る通貨さえあれば、欲しいものが手に入るという訳だ。

その場合、資源国は簡単だ。資源を売った通貨で欲しい物を買えばいいだけだが、資源がない場合は、何かの付加価値を作るしかない。それは簡単に言うが、実際には想像を絶する大変な事なのだ。先進国が長年に渡って研究開発して来た色々な要素技術を寄せ集めなければならないからだが、それが一朝一夕に出来れば苦労はしない。

まともな方法で入手する事は、まず不可能なのだ。なんとか借金などで資金を工面して、一つの技術を買ったとしても、それはすぐに時代遅れになる。結局自力で開発が出来ない限り美味しい目に遭う事などあり得ないのだ。

そこで田山の持論に戻るが、結論を言えば、途上国は永遠の途上国である。先進国の支援なしに、人口増加分を含めなければ1%の経済発展さえままならない。人、物、金が簡単に移動出来る時代故に、瞬間風速的に目的を達成する事は出来ても、持続可能とは言えないのだ。

つまり、途上国は最終的には途上国に戻る。ところで、6年前の記憶を呼び起こしていた田山の耳にテレビから聞こえて来たのは、「コーラ国の大統領の持病が悪化、後先考えない自滅的行動に出た」と言うアナウンスだった。

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チャバンが領有権を主張しているバンブー島に歴代元首として初上陸、チャバン国王に対しても、世界常識上あり得ないような不敬発言をしたと言う。田山は、ついにここまで来たかと思った。70年程遡れば、チャバン国と手を携え、人種差別をやめないメリカやO州諸国と戦った仲なのだが、負けるや否や手の平を返すように戦勝国だと言い始めた。

初代大統領は自分で勝手に海の上にラインを引き、チャバン領土まで取り込むという暴挙に出、チャバン国漁民を不法に拉致、数十人も殺害したのである。チャバン国内にいるコーラ人も呼応して、一時期チャバン人に対し暴虐の限りを尽くしたのだが、マスコミを懐柔したせいで一切伝えられない。

しかしここに来て、これまでの無理、無茶によるしわ寄せが一気に出たのだろう。大手貯蓄銀行も破綻が伝えられている。経済的破綻は近い。大統領はそれに備えて次の手を打っている可能性が高いのだ。

恐らくコーラ国は、元の宗主国であるシーナ国を撰んだのではないだろうか。機を見るに敏い国民性故に、コーラ半島からメリカ軍の段階的撤退が伝えられる昨今、今後経済発展してメリカと並ぶ大国になるであろうシーナ国側につく決心をしたとしても何の不思議もない。

彼のシナリオでは、北コーラを吸収して、いずれシーナ国の自治領にでもなるつもりなのだろう。しかしながら彼の行動は思わぬ結果を招く事になる。(続く)

 

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