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2012年9月20日 (木)

価値を何に求めるのかが問われている。

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当ブログは、消費税の増税と、TPP への参加には断固反対です。

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やれ新自由主義だの自由貿易だの、あるいはガラパゴス化や鎖国まで含め、皆それぞれ好き勝手に色々な事を言いますが、結局は国を国家として維持するのか、限りなくグローバリゼーションに呑み込まれて世界の一地方に甘んじるかという二極に収斂されて行くのではないでしょうか。

そう考えた時に、経済の理論なんてどうでもいい事に気がつきます。結局は人が幸せになれるかどうかですから、プロセスよりも結果が大事なのです。そういう意味では、AKIさんがコメントで言われる「TPP に賛成する人は比較優位理論が根拠になっている」というのも比較優位論そのものが空しい空論という事になります。

コスモポリタンにとっては比較優位論を論拠に地球全体の合理的発展を推進すればいいのでしょうが、国の存在を国境だけでなく、文化や伝統、習慣も含めて死守したい人にとってはとんでもない理論という事になります。そこに軋轢は必然的に起きるのです。

ところで日本人の大多数は主権国家としての日本国の存続を望んでいると思うのですが、たまに訳の分からない人がいます。マニフェストを一個も守らない政党や、原発反対デモを煽動する市民運動家と言われる人達、あるいは悪徳政治家とつるんで再生可能エネルギーを国に高く買わせようとする山師などです。

この人達は国がどうなろうと関心がありません。自分たちさえ儲かればそれでいいのです。マスコミもどちらかと言えば、それらの人々に同調する嫌いがあります。いわゆる左翼的メンタリティとでも言いましょうか、保守の対極に位置している事は間違いないようです。

保守を標榜する人は、彼らのプロパガンダに惑わされてはいけません。冷静に聞いて行くと必ず破綻があるのです。近視眼的にものを見て、目先の利益に敏い事からも、もの事を深く考えていない事は明らかではないでしょうか。

この人達の特徴は、お金が大好きな事です。手段を選ばず儲ける事に一生懸命になり、さらに貯め込む事も大好きなようです。一生使いきれないお金を貯め込んで、結局は相続税でがっぽり持って行かれるのでしょう。(笑)

Satu

しかし、印刷しただけのお札に、本当にそんな価値があるのでしょうか。筆者には、とてもそうは思えないのです。政府が信用を付与していますが、その信用の土台が崩れればお終いです。

つまり本当の価値は付加価値創造にこそあります。農業に従事して食物を作る、生活の為の家や生産活動を円滑にする為に道路網を作る、また先端技術を駆使して素晴らしい未来的な製品を作る活動等に、普遍的で無限の価値があるのです。

これらの行為は間違いなく個人を豊にし、国を富ませます。国はその利益を守る為に法律を整備したり、海外からの有形無形の圧力に対抗しなければなりません。国家という概念は、価値を創造し、国を富ませる過程で必然的に生まれて来るのです。

そこで誕生した国家と世界との関わりは、どういう位置付けになるのでしょうか。結論から言いますと、世界との関わりは本来サブ的なものにしかなり得ません。あくまでも国単位で自給自足経済が完結するならば、世界との関わり合いは積極的である必然はないのです。

韓国やアジアの幾つかの国のように、世界を過剰に意識して、最初に先端製品貿易ありきという考え方は、いかにも拙速で歪な経済の形と言わざるを得ません。技術的資金的に自力で完結出来ない事は周辺国との摩擦を生み出します。

国内経済が必要充分な自給自足体制とは言い難いそれらの国は、輸入の為に外貨を稼がなければなりません。その外貨を稼ぐ輸出という手段を行使する時に、裾野が育っていない途上国の悲しさで、海外から調達しなければならないものが多すぎるのです。必然的に輸出に連動して輸入が増えます。その為に経常収支の大幅黒字は望めない構造と言えるのです。

話は戻って、順序立てて発展して来た国は、最終的には余剰生産物を生み出します。という事は、需給ギャップを生み出し、デフレに陥る危険性を孕むのです。その解決策の一つは言うまでもなく輸出です。

その場合、自国にないものと交換をすれば、お互いに豊かになる事は間違いありません。ウィンウィンの互恵関係と言えます。ところが図に乗ってはいけないのです。もっとあるだろう、もっとあるだろうと欲を出すと陥穽に嵌ります。垣根が崩れて来るのです。

物と物との等価交換の場合は、それでも未だ救われます。経常赤字を作らないからです。ここに国際決済通貨と金融が絡んで来ると、ややこしくなるのです。(笑)話が例によってあさっての方向に飛んでいますが、時間もないのでまとめます。

つまり、本来価値のないものに過剰な価値を持たせる、あるいは増殖機能を持たせると世界は狂うという事です。日本のようにコツコツと付加価値を生み出す、実体経済が主導する国と、いかがわしい事をしてでも金融で荒稼ぎしようとする国、あるいは知的所有権の意味を理解しようともしない国が共存する事など出来っこありません。

そういう意味でも、世界との関わり合いは限定的にした方がいいのではないでしょうか。

 

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経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

>比較優位論を論拠に地球全体の合理的発展を推進すればいいのでしょうが

比較優位は自分が幸せに生活するために人類が編み出した方法であって、他人ましては地球全体を発展させるために語られるものではありません。

比較優位論の否定=自給自足の生活
ということになりますが、それでいいのでしょうか?

各人や地域等が得意とする産業に特化していった結果、今の豊かな生活環境ができています。
人類が自給自足の生活から抜け出していないのであれば、今よりもっと生活水準は低くなっていると思います。

個人単位、家族単位、地域単位、県単位といった比較優位は認めるのに、国単位となるといきなり認めなくなる、というのであればおかしいように思います。

日本は小麦の栽培に適していなく、日本産の小麦は高い割に品質も良くありません。
それよりも安くて良質な外国産小麦を輸入する方が、国民にとっては幸せなことだと思います。
事実、その方が国民に幸せだから日本は小麦を外国からの輸入に頼っています。

>国の存在を国境だけでなく、文化や伝統、習慣も含めて死守したい人

文化や伝統、習慣は比較優位を構成する要素なのではないでしょうか?
外国メーカーの自動車や家電製品を日本人があまり受け入れないのは、日本人の考え方に合わないためだと思います。
反対に、日本メーカーの自動車や家電製品が外国で人気となっているのは、日本人の考え方が製品を比較優位なものに押し上げているんだと思います。

私もブログで経済のことについて書くことがありますが、経済学の基礎を知っておかなければ、経済を否定も肯定も出来ないことに気付き、最近勉強を始めました。
勉強すると常識だと思っていたものが非常識であったこともあり、驚くことがたくさんありました。

投稿: AKI | 2012年9月20日 (木) 20時34分

そうやって、勉強をする人が増える事が日本を救います。
日本にとって何が一番いいのか、お互い勉強しましょう。

投稿: 田中 徹 | 2012年9月20日 (木) 21時54分

> 価値を何に求めるのかが問われている。

・・・自己(自国)の地球上での存続(生存)なのでしょう。
・・・いまどき、国家に縛られるのは古いのではないのかな?とか思っちゃうのですが、21世紀に入って12年も経ちましたが、世界はまだまだ国と国との生存競争の紛争が絶えません。これが現実です。
2050年頃から小氷河期に入ると言う地球物理学者もいます。
その為には、水・食糧・エネルギ-の自前での確保が急務ですね。小麦・大豆(味噌・牛・豚等の飼料)も友好国との取引は継続したいものですが、米国にとっても日本にいつまでも輸出するとは限りません。
友愛とか言って、日本の国富を大幅に隣国へ上げちゃうミンスはおおばかです。尖閣への侵略を堂々と行うC国へのODAをまだ継続するとか、自衛隊の経費を削りつづける某国は気がくるっている感じがしています。

投稿: 元危機管理屋 | 2012年9月21日 (金) 01時24分

> 日本のようにコツコツと付加価値を生み出す、実体経済が主導する国と、いかがわしい事をしてでも金融で荒稼ぎしようとする国、あるいは知的所有権の意味を理解しようともしない国が共存する事など出来っこありません。

そういう意味でも、世界との関わり合いは限定的にした方がいいのではないでしょうか。

・・・なので、日韓スワップは反対します。K国はIMFから金を借りればいいのです。日本の悪口(嘘で固めた!従軍慰安婦とか)を世界中にばらまいて日本から金をせびるって、意地汚いね。それでも国家ですか?ゆすりたかりはお止めなさい。とっとと竹島を返しなさい!あ、K国大好きで反日のミンスは一部を除いて全員国外へ出ていってください。
アダムスミスは経済学という概念を論理化した最大の功労者と思います・・・”自らが価値を作り出す行為からのみ富が生まれる”・・・と小生は理解しております。

投稿: 青うさぎ | 2012年9月21日 (金) 15時44分

比較優位論の正体とは、共産主義と同じであり、
現体制を破壊し、固有の国家観、伝統文化を破壊する、
ギズモを装ったグレムリンのように感じます。

投稿: 不思議 | 2012年10月10日 (水) 17時03分

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