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2013年3月 4日 (月)

コンクラーベ

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コンクラーヴェ(ラテン語: Conclave)とは「教皇選挙」を意味する言葉で、カトリック教会においてローマの司教たるローマ教皇を選出する選挙システムのこと。Conclave とはラテン語で "cum clavi" (「鍵がかかった」)の意である。

ローマ法王ベネディクト16世の600年ぶりという存命中の退位に関して、ネット裏情報は例によってかまびすしいのですが、このお方に関しては色々香ばしい噂も絶えないようです。しかし、この手の話は確かめようがありません。麻生さんは詳しいのではないでしょうか。

E0165379_226260 (日本とローマ教皇との共通の敵?について話が弾んだらしい/首相だった頃の麻生さん)

それにしてもコンクラーベとは親近感を感じます。これから鍵のかかった部屋で次の教皇を選ぶ為の「根比べ」が行われるのでしょうか。次の112代教皇の名はペトロという未確認情報がありますが、どうなりますか。

因にこういう説もあるようです。

コンクラーベは実は日本から伝わりました。
その昔、摂政制をとっていた日本では多数決ではなく全会一致でのみ議決を行っており、そのため決定後のいぞこざが極端に少なかったそうです。これを布教にきていた宣教師が逆輸入したというわけ。なので語源は「根くらべ」からきているわけですね。(出展 不明)

真偽の程は分かりません。

1506it4 (サンピエトロ寺院の中、人を圧倒する雰囲気がある。ここで一番偉いという事であれば、錯覚も起きるのではないでしょうか。)

大昔にローマとバチカン市国へ行きましたが、サンピエトロ寺院のスケールには驚きました。広すぎて遠近感が狂う程でしたが、中世の人にとっては迫力があり過ぎ、度肝を抜かれた事でしょう。一体何年かければ、あのような建築物が建てられるのか想像もできません。文字通り「ローマは一日にして成らず」でしょうか。

さて、またまた昨日の続きのようになりますが、日本の根比べ、付加価値創造について考えて行くと、例えばクラウンなどのモデルチェンジの度に付加される価値の天井はないのかという疑問に突き当たります。つまり何事にも限界があるだろうという事です。

例えば水泳や陸上競技でタイムを競いますが、100メーター走で9秒を切る事が可能かと言うと現時点、殆ど不可能ではないかと思わざるを得ません。9秒台後半で100分の1秒を縮めるのに汲々としているからです。

ゴルフでも18ホール、オールバーディの54を目標にしているゴルファーはいますが、現時点は55が公式最小記録ではなかったでしょうか。これがオールイーグルの36まで行くかと言えば、物理的には可能でも現実問題あり得ないと言うしかありません。確率で行っても限りなくゼロに近づきます。

このようにスポーツの世界では確実に限界が存在します。では工業製品などの付加価値アップにもが限界はあるのでしょうか。結論を先に言えば「限界はない」です。永遠に質の向上は可能だと言えます。

勿論、クルマなどのように今現在で高いレベルでの洗練の域に達していると思われるものが、製品が開発された当初のような明確な差が、モデルチェンジの度に確認出来るかと言えば、それは、よほど特別な事がない限りありません。

13_l  (これ以上ない高級感と、快適性で完成の域に達しているベントレー)

付加価値が上がるにしたがって、やる事が絞られどんどん難しくなって行くからです。つまり、かける資源を倍々ゲーム的に増やしたとしても得られる効果は反比例します。繊細で微妙な世界に入って行くという訳です。資金力と根気が試されます。先進国にしか出来ない芸当ではないでしょうか。

ただ、もの作りの場合は部品点数が多ければ多い程、あるいは技術要素が多い程、イノベーション、あるいは新素材の出現などで、革命的進化を遂げるチャンスに恵まれる場合があります。

また、省エネなど世の中のニーズの変化により、いやでも変わらざるを得ないケースもあり、初期のものとは中身が全く変わる場合もあるのです。クルマばかり例にとって恐縮ですが、生活必需品でないにもかかわらず、ここまで高価なものが、ここまで発展した例はありません。

今や、あらゆる技術と新素材が結集したハイテクの塊と化したのです。動力は内燃機関からモーターへとシフトをしつつありますが、燃料も石油系からバイオ燃料等の多岐に渡ります。

尤も、電気自動車の場合は充電の為の燃料の種類を問いません。それより内燃機関に取って代わる為には、今とはステージの違うバッテリーの高性能化が必須となります。また同じ電気自動車でも燃料電池車の場合は燃料として水素が必要になりますが、その水素を電気分解する電力の発電には、これもまた燃料の種類を問わないという訳です。

Fcx_clarity_126 (ホンダの燃料電池車FCXクラリティ 水素の供給インフラさえ整えば量産可能と言われる)

つまり、クルマと言うツールは世の中がどう転んでも生き残るポテンシャルを有している事になります。価値観の変遷、ニーズの変化にいかようにでも対応可能だからです。

従って、ケースバイケースでの付加価値アップ機会は無限に存在する事になります。永遠に進化するという訳です。コンセプトの具象化であるデザインもまた、それに連れて変化して行きますから、可能性は無限という事になります。

尤も、筆者のところのような弱小デザイン会社は、クライアントとのコンクラーベに勝たなければ生き残れません。いかに持続させるか、それが問題なのです。(笑)

 

 

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コメント

> コンクラーベ

・・・根競べ・・・ですね、特にUSA・China・Chosunとの駆け引きはね~

安倍さん麻生さん頑張っていますね、応援していますよ~

それにしても、ヨーロッパはこのまま衰退していくのかな?息しているのはドイツだけ見たいな印象ですね。

投稿: AZ生 | 2013年3月 5日 (火) 22時00分

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