« 2015年2月 | トップページ | 2015年4月 »

2015年3月

2015年3月31日 (火)

50年早い中国主導のAIIB

Photo     

--- TPP消費増税 /カジノ解禁に反対します ---

ブログランキングに参加しています。

またまた忙しさにかまけて間が空いてしまいました。その間実に色々な事が起きましたが、ドイツのLCC 墜落は悲惨でした。被害者の家族はやりきれない気持ちでしょう。冥福を祈ります。。

しかし、かなりな高速度で山に激突したとは言え、あそこまで原形をとどめないものでしょうか。副操縦士の自爆説が有力ですが、どうも腑に落ちません。行方不明となった機と撃墜された二機のマレーシア機、またアルジェリア機の事故と言い、あるテーマで括った時に同じベクトルを持った事象がうっすらと浮かび上がる気がします。その話は不確実なのでやめときましょう。(笑)

さて、話は変わって何かとかまびすしい話題、アジアインフラ銀行(AIIB)です。中国主導でアジアのインフラ整備を目的とした国際金融機関の創設ですが、参加国の多さに驚きます。欧州各国までが参加表明している点も注目に価しますが、ロシアやブラジルまで参加するだのしないだのと言っているのはどういう事でしょうか。BRICS銀行はどうなっちゃったの?(笑)

BRICS銀行もAIIB も結局はアメリカ主導の現体制からの自立を目指すもので、ブレトンウッズ体制への挑戦と取れなくもありません。要は自分たちで好きなようにやりたいのです。アメリカに監視され注文を付けられる事に嫌気しているのでしょう。

ではAIIB には、それを可能にするポテンシャルがあるのでしょうか?世界銀行やIMF あるいはWTO が動かす現体制を向こうに廻し、それを上回る機能が持てるのか、その検証をする必要があります。ところが日本の一部マスコミやエコノミストは例によって「日本が世界から孤立する」「乗り遅れてはならない」と煽り立てるのです。中国様にくっついていれば、おこぼれに預かれるとでも言いたいのでしょうか。

昔、報道ステーションで古館伊知郎が中国の外貨準備が日本の外貨準備を超えた時に「さすが中国は凄いですねえ」と細い目を細め喉を絞るように言ったのを覚えています。この人の経済音痴ぶりは今更言うまでもないのですが、外貨準備を経済力の指標のように思っているのかもしれません。

言うまでもありませんが外貨準備高とは、貿易に支障が出ないように政府が予め準備する外貨の事です。あるいは為替の変動によって不利益を被る事が予想される時に、例えば日本の場合ならドル売り介入する為の資金です。反対にドル買い介入した時に積み上る外貨も外貨準備に加算されます。

これらは通常米国債などで運用されますが、当然増減はつきものです。日本の場合、80年代初頭の殆どゼロから2014年の1兆2千億ドルまで右肩上がりで増えて来ました。大半は米国債で運用されています。中には小泉さんの時の意味不明なドル買い介入、3.11後のドル買い介入によって積み上がった数十兆円もの米国債も含まれている訳です。円高を防ぐ効果は限定的でしたが、なぜかマスコミも突っ込みを入れませんでした。

一方の中国ですが、ハードカレンシーを持たない貿易大国故に貿易で得た外貨を相当量外貨準備として持ちます。さらにドルペッグするために常時ドル買い介入が行われ、それによって外貨準備は膨大に積み上がってきました。2014年末で3兆8430億ドルと言いますから吃驚です。何と日本の3倍です。凄いですねえ(笑)

ところが中国の場合はドル買いに必要な資金は政府が元を刷る事で調達しているようです。従って元は市場にそのまま流れます。いわゆる非不胎化介入というやつです。日本が、政府短期証券を発行し市場から資金を調達しているのとは全く異なります。

日本の場合円資金が市場に流れませんからインフレリスクはありません。これを不胎化介入と言います。黒田さんの異次元金融緩和はこれと逆の事をしている事になります。敢えて市場に円を流してインフレを促しているのです。

話は戻って、元の場合はドルの流入量に見合った元を発行していますから外貨準備を減らす事は経済の足を引っ張る事にも繋がります。という事は借りてでも外貨準備高を維持するしかないのです。いずれにしてもドルペッグをやめない限り膨大な外貨準備の保有、維持は避けられません。

因に中国の外貨資産は約600兆円、対外負債は400兆円で対外純資産は208兆円(2013年末)となります。その外貨資産の460兆円分が外貨準備という事です・・・おかしいですね。対外純資産が外貨準備高を下回っています。これが意味する事は何でしょうか。

日本の場合で言いますと、対外資産797兆円で負債が472計325兆円の対外純資産(13年末/14年末は370兆円)になります。外貨準備は約150兆円ですから外貨準備を差し引いても175兆円の純資産が残る訳です。

つまり中国の場合は日本同様(意味は違いますが)使うに使えない外貨準備という事で、実態はと言えば約250兆円も純負債がある事になります。しかも外貨準備は最近減る傾向にあるのです。景気の低迷や不動産相場の下落の中で、資金流出が年間で4千億ドル以上に上ると言います。これは投資には該当せず、消えて行くマネーと言えば分かりやすいかもしれません。

Img_0

いくら輸出で稼いでも追っ付きませんね。(笑)つまり見え方と違って実は中国は火の車なのです。外貨が欲しくて欲しくて仕方がない韓国と似たような状況と言って差し支えないでしょう。観光で日本に来て爆買いするどころではありません。(笑)

莫大な外貨準備も裏を返せば将来のリスクです。いずれドルペッグはやめざるを得ず、その場合の為替差損は目を覆いたくなるような額になるでしょう。つまりドルペッグは損失の先送りなのです。将来にツケを廻しているに過ぎません。どこかで聞いたような(笑)

そんな中国が自国主導で、しかも総裁は元政府高官、本部は北京で主要言語は中国語でやろうと言っているのですから、AIIBは党中央の意思に左右される事は目に見えています。やはり何か企んでいるか、やけくそになっているかのどちらかでしょう。

AIIB の資本金は1000億ドル、その内中国が500億ドルを負担すると言います。アジアのインフラ整備にかかる費用は年間84兆円とも100兆円とも言われていますから、資本金の10倍くらいレバレッジを効かせたバランスシートのサイズが当面要求されるのでしょうか。

そのあたりは専門外なのでよく分かりませんが、いずれにしてもアジア開発銀行が2兆円程度の資本金で14兆円のバランスシートである事を思えば、それをはるかに凌駕する規模というのは大風呂敷とは言え不気味さが漂います。

ところが、そういう諸々の条件、環境を加味すれば、AIIBの資金調達の道はイバラの道と言わざるを得ません。資金調達のために発行されるであろうAIIB債は、どう考えてもADB債より低い金利でさばけるとは思えないのです。

という事は貸し付け金利も高くならざるを得ません。誰がそんな高金利で借りるでしょうか。それとも何か美味しい餌でもちらつかせて食いつかせる?あり得ない話ではないでしょう。しかし通常の銀行にはある信用創造機能は働きません。バランスシートを膨らませるには道を外しながらも地道な作業の積み重ねしかないのです。(笑)

結局、ビジョンも理念もなく、ガバナンスに問題が山積するような話が、スケベ心だけが先行して膨らみまくっている訳です。この膨らんだバブルは稼働前に破裂するのが中国のためであり、廻りの国のためでもあります。二年後には「そう言えばそんな話もあったねえ」になっているのではないでしょうか。中国はまず、普通の国になるのが先決です。

 共感いただければクリックをお願いします。

| | コメント (14)

2015年3月20日 (金)

日本のような先進国に外需は必要なのか

Photo     

--- TPP消費増税 /カジノ解禁に反対します ---

ブログランキングに参加しています。

予定していたプロジェクトが流れたので幸か不幸か時間が出来ました。(笑)という訳で、今日は14日の続きを書きます。

成功体験からか未だに貿易に対する幻想を抱いている日本人が多く、困った事にエコノミストまでが疑問を感じていないようです。なぜそう思うのか分かりませんが、円安で輸出が増えると喜んでいます。確かに短期的にはそれでもいいかもしれません。

今は貿易収支が赤字なのでGDPに貢献するためにも純輸出がゼロになるくらいまで輸出を増やすか、あるいは輸入を減らすか、そこはどちらも否定し難いです。もちろん出来る限り輸入を減らす方が健全である事は言うまでもありません。

ところで海外に売るものは何も一般消費財や自動車などの耐久消費財に限った事ではなく、インフラ輸出や観光による外貨獲得も含め総称して外需と呼びます。前から言っていますが、私の持論(偉そう?)は、外需依存では廻りが迷惑する重商主義でもない限り最終的に経済成長はないというものです。

Photo

(新幹線を輸出しても途上国を利するだけというのは中国の例を出すまでもありません)

自前で資本財や優秀な生産財を作れない発展途上国なら外需依存は理解出来ます。産業の裾野が育っていず、ハードカレンシーも持たない韓国や中国がドル獲得に血道を上げるのは当然なのです。彼らにとって自国で作れない資本財等を買うために世界で使えるお金はドルや円、あるいはユーロしかないからです。経常赤字は死活問題になりかねません。

ところが先進国の場合は自国の通貨が国際決済に使えるケースがあります。尤もこれは相手次第ではありますが、日本も円建ての貿易は輸出で40%と結構多いのです。為替の変動リスクを考えると当然でしょう。技術輸出の弊社も基本円建てですが、クライアントが最初から円建てを前提としてくれるのです。その点自分たちの分というものをよくわきまえています。(笑)

これを見ても明らかなように、日本の場合、外貨を必要以上に溜め込む意味はありません。外貨準備が100兆円を超えているなんて無駄そのものではないでしょうか。しかも大半を米国債として運用していますから、喜ぶのは米だけです。

さらに日本の場合、対外純資産も増え続けています。一時的に貿易赤字とは言え所得収支の黒字が増えている事もあって経常収支は常に黒字を計上しているのです。これがまた所得を産みますから純資産は増える一方です。円安もあって昨年末時点で370兆円にもなりました。

つい最近ですが貿易赤字幅が大きい時に、誰か偉い先生がこのままでは日本は経常赤字国になって近い将来破綻するなどと言っていました。デタラメにも程があると言わざるを得ません。ご存知のように、そのリスクが最も低い国が日本です。

対外純資産、つまり余剰外貨が増えれば海外への直接投資も出来るし、そうなれば配当や利子収入も増え悪い事はないと言われるかも知れません。確かに親日国に投資して味方を強くするのは意味があるでしょう。しかしながら日本国経済全体で見れば大したメリットはないのです。空洞化を考えればむしろマイナスでしょう。

見るべき産業もなく金融で食っていく国ならいざ知らず、日本は強い製造業が経済を牽引する、自給自足型経済大国になり得る世界でも稀な国です。その線だけは死守すべきというのが私の持論の源泉で、経済に関する考えの基本でもあります。

例えば日本の場合、生産台数世界一を誇る自動車産業が日本経済を牽引していると言っても過言ではありませんが、今年の春闘でもベースアップの先頭を切りました。これこそが経済の肝なのです。

長年日本の産業はベアゼロ(あるいは雀の涙)が続いていました。当たり前の話ですが、これでは経済成長しません。もらったお金以上の出費は出来ないからです。しかも生産年齢人口が減れば給与所得者が減ります。日本全体での給与所得総額はじり貧を続ける事になりデフレの一因にもなりました。企業の内部留保が増えているのにも拘らずです。

三面等価の原則から言っても給料が減って消費が増える筈はありません。消費が増えなければ必然生産も増えないのです。そういう意味では今年のベアは非常に良い兆候と言えます。それでも、それは大企業だけで、サービス業などはベアはないのではと言われるでしょう。事実マスコミもそう言って騒いでいます。(笑)

しかしそう断じるのは早計です。給与所得が増えれば消費が増え、その結果生産も増えるのですから、トリクルダウンではありませんが、ベアの波は生産性の低い産業へと波及していきます。生産性の低い産業は補助金等の政府からの支援を除き、これ以外の方法で給与を上げる事など出来ないのですから、生産性の高い産業のベア程有り難いものはありません。

話が随分それましたが、貿易の話に戻します。例えば世界の国々が自給自足経済を確立していたとして、貿易量は伸びるでしょうか。もし世界中の人が清貧を美徳とする国民性なら貿易は原則必要ありません。ところが現実はそうではなく、多少贅沢もしたいし珍しいものも食べたい、となると貿易の出番です。キャビアとマンゴーを交換するなんて事は十分あり得るのです。こういう物々交換が健全な貿易の姿かもしれません。

しかしそれにも限界があります。自国で消化する量以上のものを作るにはそれなりの資源(人的、天然的)が必要ですから、持続可能な範囲というのは限られるのです。そうすると世界の貿易量というのは自ずと上限が決まります。

I03030103        (世界の貿易量もそろそろ頭打ちか?)

ところがややこしい事に技術革新かなにかで、そこにほぼ上限がない産業が表れたとします。例えば自動車としましょうか。日本のような先進国が際限なく作り続けたとします。一時は国内で1350万台も作っていたのですから、貿易摩擦や円高がなければ天井知らずだったかもしれません。

今は世界の生産拠点分を入れると年に2600万台も生産していますから、海外に出て行かなければそのくらい国内で作っていても不思議はないのです。

いずれにしても自動車を生産出来る国というのは限られますから、世界中に欲しい国は五万とあり、借金してでも買う事になります。そうすると日本にお金が五万と入って来る事になるのです。この場合ドルが多いでしょう。ドルは際限なく刷られますから売るだけ入って来ます。日本のメーカーはウハウハです。貿易黒字も溜まっていきます。

ところが日本という国には、ほぼ全ての分野の産業がありますから世界から買うものは決して多くはないのです。エネルギー他の天然資源系とブランド品、逆輸入品に食料少々というところでしょうか。折角ドルを貯めても大半は残してしまう事になり、仕方がないので世界に投資したりする事になります。

つまり儲けたお金を、製品を買ってくれたところに還元する訳です。それで喜ぶのは誰でしょうか。クルマをもらい、払ったお金まで戻って来る。。それでもう一台買えますね。(笑)つまり一台分の現金があれば二台手に入る・・・で、借りたお金を踏み倒せばクルマの価格は半分だった事になります。それでドイツはギリシャに怒っているのです。(笑)

さらに海外に自動車を売れば、お金は入るでしょうが。自動車というハイテクの塊のような資産は海外に行ってしまいます。さらにその自動車を使う事によるメリット、波及効果まで海外に取られるのですから、輸出は効率の点で大いに疑問なのです。

増してインフラ輸出などは言語道断です。将来敵になるかもしれない国の産業振興に貢献してしまう訳です。安全保障の点で全く論外と言うしかありません。安全保障の基本は軍事力よりむしろ国力の差です。中国が改革開放策を取るまでは全く存在感がなく、日本も歯牙にもかけていなかった事を見てもお分かりでしょう。

さらに貿易は搬送によるエネルギーロスや環境汚染問題もあります。これが地産地消ならなんの問題もありません。あの国富論のアダム・スミスも言うように生産は消費地に近いところで行うのが経済の基本なのです。

従って自動車などのように、国内に生産余力があるなら、その余った分の資源を未飽和の生産性が高くない産業に振り替えるべきである事は明らかです。現にデフレ下でも人手不足の産業は存在します。土木建築や介護分野などです。

生産年齢人口が増々減少する中、資源は有効に活用しなければならないのですから輸出に廻す余裕などある筈がありません。日本のような先進国にとって貿易や外貨の獲得はあまり意味がない、むしろ内需拡大の妨げになるという事がお分かりいただけば幸いです。。

 共感いただければクリックをお願いします。

| | コメント (5)

2015年3月18日 (水)

「日本はアジアの希望の光だった」

Photo     

--- TPP消費増税 /カジノ解禁に反対します ---

ブログランキングに参加しています。

プーチン大統領がメディアに対し去年のクリミア侵攻時「核兵器の準備ができていた」と語った事が衝撃を持って伝えられています。。。えっ・・何で今さら驚くのでしょうか。そんな事は常識でしょう。米軍だって原潜や空母に核兵器を搭載して日本に寄港しているのは暗黙の了解のようなもので、誰もが知っています。

搭載しているという事は「使う準備ができている」と同義語です。という事はロシア軍だって常に準備はしています。それが戦術核であろうが戦略核であろうが同じでしょう。兵器は常に使える状態で準備していないと持っている意味がありません。驚く方がおかしい。(笑)

それでも殊更プーチンさんが核兵器に言及したのは西側に対する一種の脅しではないでしょうか。覚悟は出来ているんだぞ・・・と。

さて、中国が安倍さんの(戦後)70年談話に関し「村山談話を引き継いでくれるなら過去の問題を終わりにし、その後は未来志向で行こう」と言っています。それに乗るべきだと考えている日本人も少なくはないでしょう。ビジネスをしている人は特にそう思っているかもしれません。

しかしこれは明らかな内政干渉です。戦後70年の節目に日本が何を思い将来に対して何を誓うかは日本の勝手です。無視でいいのではないでしょうか。

いずれにしても今の政府に、そんな何の保証もない戯れ言を信用するバカはいないでしょう。

過去に言った事を翻すのは中韓の得意技です。もし信じて口車に乗ったなら、その途端に「やっぱりそうじゃないか。賠償しろ」と言われるのが関の山です。中韓に言質を与えるような事を安倍さんがする筈がありません。



そもそも村山談話の「侵略」と「植民地支配」とは何を指すのでしょうか。どの国ををいつ侵略したのか、あるいは植民地支配したのかを明らかにする必要があります。あの当時の概念から、その表現が正しいのかどうかさえ検証がなされていません。その超適当で胡散臭い談話をを引き継ぐのでは、戦後レジームからの脱却を唱える安倍さんの政治姿勢、公約に反します。



当時の情勢から、朝鮮半島は独立し国家としてやって行くには力不足と見て仕方なく日本が併合しましたが、それは米英も認めているところです。台湾然りです。その統治ぶりはと言えば同じ日本人として平等に扱い、インフラを日本人の血税で整備し経済発展もさせました。



病院や学校も何百倍にも増やしたのです。そのせいか朝鮮半島統治の35年間で人口は倍に増えています。明らかに欧米の植民地支配などとは一線を画すのです。それを欧米の血なまぐさい、搾取一方の植民地支配と同列に表現する事が果たして正しいのでしょうか。



侵略というのも妙です。まず中国に派兵はしましたが、当時欧米列強も中国内に租界を作り派兵をしていた訳です。治安が最悪なので当然でしょう。さらに国と呼べるような状態ではなく長い内戦状態です。国の体をなしていません。

関東軍の暴走は一部あったかもしれませんが、ちょっかいを出していたのは国民党軍とコミンテルンにそそのかされた共産軍です。侵略という表現が正しいかどうかは大いに疑問なのです。

野盗の群れのような国民党軍を追い払い民衆を救っていたのは日本軍だと言われています。一般大衆にしてみれば侵略とは程遠いのではないでしょうか。少なくとも平和に暮らしていた国を、欧米のように領土的野心をもっていきなり攻めた訳ではありません。



さらに仏印や蘭印、英印、また米領フィリピンを攻めた事も侵略には当たらないでしょう。英米仏蘭を追い出し欧米による植民地支配を終焉させたのですから開放です。どう考えても侵略と植民地支配を詫びるべきは欧米以外見当たりません。

ところがその、人類に対し極悪非道を働いて来た当事者である彼らが謝罪したり賠償するのを聞いた事があるでしょうか。日本に全てなすり付けて知らん顔です。厚顔無恥とはこの事ではないでしょうか(笑)

もちろん欧米人の中にもそういう事実を個人的に伝えている人はいます。マイケル・ヨン氏やテキサス親父、最近はケント・ギルバート氏まで日本の側に立っているようです。人の口に戸は建てられません。事実は解明され徐々に周知されて行く事でしょう。

元ニューヨーク・タイムズ東京支局長ヘンリー・ストークス氏が 平成25年11月6日に憲政記念館で講演した「日本はアジアの光だった」をコピペします。

これは例によって共同通信が捏造記事を書きましたが、事実は以下の通りです。

Ok___





皆様、こんばんは。ヘンリー・ストークスです。
このシンポジウムは一九五二(昭和二十七)年の日本とインドの国交樹立六〇周年を記念して開催されております。このような歴史的な瞬間を、皆様と共にできることを光栄に存じます。

二十世紀で最も驚くべき展開は、五〇〇年続いた植民地支配、その呪いが終焉を迎えたことにあります。白人による支配が霧散してしまいました。誰もまったく予想しなかったことでした。

一九三〇年代末に「インドの独立はいつになるか」と問われたネルーは、「七〇年代には実現するかもしれない」と答えました。つまり彼の亡き後という意味です。
しかし一九四〇年代初頭になると、インド人たちから独立の気運が高まりました。なぜ独立の気運が高まったのでしょうか。

答えは簡単です。第二次大戦が勃発し、五〇〇年のドラマの中の新興勢力が、白人の植民地支配に痛烈な打撃を与えたからです。その新興勢が、日本でした。
インド独立のタイムテーブルは、ネルーの七〇年代から第二次世界大戦の終焉時へと短縮されたのです。ここで、歴史の時間を二十世紀から十七世紀初めまで時間をもどしてみましょう。

インドでは、イギリスが一六〇〇年に東インド会社を設立し、植民地支配に着手しました。イギリスは、マドラス(一六三七年)、ボンベイ(一六六一年)、 カルカッタ(一六九〇年)に東インド会社を進出させました。

イギリスの侵略は、プラッシーの戦い(一七五七年)、マイソール戦争(一七九九年)、シーク戦争(一八四五年)と続き、一八五七年から五九年にかけて反イギリス民族闘争である有名な「セポイの乱」が起こりました。

こうしてイギリスがインドを抑圧支配する中で、日本で一八六八年に、明治維新が起こりました。また、ほぼ同じ頃に、インドでは独立のために戦った歴史的な人物が生まれています。一八六九年にはマハトマ・ガンジーが生まれ、一八九七年には、チャンドラ・ボースが誕生しています。

一八七七年、イギリスが直接インド全土を統治するインド帝国が成立し、ビクトリア女王が「インド皇帝」として即位しました。つまり、ボースはイギリスのインド植民地支配の絶頂期に生を享(う)けたのです。

ボースは今でもインドで「ネタージ」と呼ばれています。ネタージとは「偉大な指導者」という意味です。日本の支援を得て、ボースはINAを結成しました。「Indian National Army (インド国民軍)」です。イギリスの植民地支配と非暴力主義で戦ったガンジーと対照的に、ボースは司令官として戦闘を戦いました。

1943年5月16日、ボースは来日し、嶋田(しまだ)海軍大臣、永野(ながの)軍令部総長、重光(しげみつ)外務大臣などと面会し、そのうえで、東條英機首相と会談しました。

ボースは日比谷公会堂で講演し、そのメッセージは当時のアジアの人々の気持ちを代弁していました。「約四〇年前、小学校に通い始めた頃に、アジア人の国が世界の巨人・白人帝国のロシアと戦いました。このアジアの国はロシアを大敗させました。 そしてその国が、日本だったのです。このニュースがインド全土に伝わると興奮の波がインド全土を覆(おお)いました。

Img0e290018zik1zj

 (壮絶を極めた二百三高地の戦い)

インドのいたるところで、旅順(りょじゅん)攻撃や、奉天(ほうてん)大会戦、 日本海海戦の勇壮な話によって、沸き立っていました。インドの子供たちは、東郷(とうごう)元帥や乃木(のぎ)大将を素直に慕いました。親たちが競って、元帥や大将の写真を手に入れようとしましたが、できませんでした。その代わりに市場から日本製の品物を買ってきて、 家に飾りました。

ボースは「日本はアジアの希望の光だった」とハッキリと語りました。
ボースはこう続けました。「このたび日本はインドの仇敵のイギリスに宣戦布告をしました。日本はインド人に、独立のための千載一遇の機会を下さいました。われわれは自覚し、心から日本に感謝しています。一度(ひとたび)この機会を逃せば、今後一〇〇年以上にわたり、このような機会は訪れることはないでしょう。勝利はわれわれのものであり、インドが念願の独立を果たすと確信しています」

重要なのは、主張より行動でした。ビクトリア女王が「インド帝国」皇帝に即位して六六年目にあたる一九四三年十月、自由インド仮政府が樹立されました。シンガポールでの大会で、ボースは満場の拍手をもって、仮政府首班に推挙されました。
ボースは「チャロ・デリー」 つまり「デリーへ!」と、 進撃を宣言し、人々はその メッセージを掲げ行進 しました。祖国インドへ向けた歴史的な進撃の開始でした。

インド国民軍INAの将兵は日本軍とともに、インド・ビルマ国境を越え、インパールを目指し「チャロ・デ リー!」と雄叫びをあげ、進撃しました。「われらの国旗を、レッド・フォートに掲げよ」と、ボースは将兵を激励しました。

自由インド仮政府は、日本とともに、イギリス、アメリカに対して宣戦布告をしました。同年(一九四三年)十一月五日より六日間にわたって、東京で大東亜会議が開催されました。これは人類の長い歴史において「有色人種によって行われた最初のサミット」となりました。

東條首相、満州国の張景恵(ちょうけいけい)国務総理、中国南京政権の汪兆銘(おうちょうめい)行政院長、フィリピンのラウレル大統領、ビルマのバー・モウ首相、タイのピブン首相代理であるワイワイタヤコン殿下と、アジアの首脳が一堂に会し、ボースはインド代表を務めました。

今日、日本の多くの学者が大東亜会議は日本軍部が「占領地の傀儡(かいらい)」を集め、国内向け宣伝のために行ったと唱えています。しかし、そのようなことを言う日本人こそ、日本を売る外国の傀儡(かいらい)というべきです。

会議では大東亜共同宣言が満場一致で採択されました。ボースは「この宣言がアジア諸国民のみならず、全世界の被抑圧民族のための憲章となることを願う」と訴えました。ボースは、日本は「全世界の有色民族の希望の光だ」と宣言しました。

この五〇〇年の世界史は、白人の欧米キリスト教諸国が、有色民族の国を植民地支配した壮大なドラマでした。そのなかにあって、日本は前例のない国でした。第一次世界大戦の後のパリ講和会議で、日本は人種差別撤廃を提案したのです。

会議では各国首脳が、国際連盟の創設を含めた大戦後の国際体制づくりについて協議しました。人種差別撤廃提案が提出されると、白豪主義のオーストラリアのヒューズ首相は、「署名を拒否して帰国する」と言って退室しました。

議長であるアメリカのウィルソン大統領は「本件は平静に 取り扱うべき問題だ」と言って、日本に提案の撤回を求めました。山本権兵衛(やまもとごんべえ)内閣で外務大臣も務めた日本代表団の牧野伸顕(まきののぶあき)男爵は、ウィルソン議長に従わず採決を求めたのです。

イギリス、アメリカ、ポーランド、ブラジル、ルーマニアなどが反対しましたが、出席一六カ国中一一カ国の小国が賛成し、圧倒的多数で可決されました。しかしウィルソン大統領は「全会一致でない」として、この採決を無効としました。牧野は多数決採択を求めましたが、議長のウィルソン大統領は「本件のごとき重大な案件は、従来から全会一致、少なくとも反対者なきによって議事を進める」としました。

人種差別撤廃提案が一一対五の圧倒的多数で可決されたにもかかわらず、ウィルソン大統領はこの議決を葬(ほうむ)りました。今日の文明世界では、ありえないことです。いま、アメリカの大統領は黒人ですが、当時ではそのようなことは、まったく考えら れないことでした。日本人も白人ではなく有色民族です。同じ有色民族として誇りある日本人は、白人の有色民族への暴虐を看過することができなかったのです。

インドネシアについても触れておきましょう。インドネシアの植民地支配は、一五九六年にオランダが艦隊をインドネシアに派遣したことに始まります。オランダの三五〇年以上に及ぶ植民地支配に終止符が打たれたのは、一九四二年の日本軍の進攻によるものでした。

インドネシアには、白馬に跨(また)がる英雄が率いる神兵がやってきて、インドネシアの独立を援(たすけ)てくれるという伝説がありました。日本軍の進攻は、伝説の神兵の到来を思わせました。日本兵は、神話の軍隊であったのです。

ジョージ・カナヘレは「日本軍政とインドネシア独立」という著書で、日本の功績として次の4点を掲げています。

一 オランダ語、英語の使用を禁止。これにより公用語としてインドネシア語が普及した。
二 インドネシア青年に軍事訓練を施(ほどこ)した。これにより青年が厳しい規律や忍耐、勇猛心を植え付けられた。
三 オランダ人を一掃し、インドネシア人に高い地位を与え、能力と責任感を身につけさせた。
四 ジャワにプートラ(民族結集組織)やホーコーカイ(奉公会)の本部を置き、全国に支部を作り、組織運営の方法を教えた。

日本は第二次大戦でアジアの国々を侵略したとされますが、どうして侵略する国が、侵略された国の青年に軍事教練を施すのでしょう。彼らの精神力を鍛え、高い地位を与え、民族が結集する組織を全国につくり、近代組織の経営方法を教えることがあるでしょうか。

この事実は、侵略したのが日本でなかったことを証明しています。日本はアジアの国々を独立させるために、あらゆる努力を 惜しまなかった。では一体、どこからの独立でしょうか。

もちろん、アジアの国々を侵略していた白人諸国の支配からの独立です。
ジャカルタの中心にムルデカ広場があります。ムルデカはインドネシア語で「独立」を意味します。独立の英雄ハッタとスカルノの像とともに、高さ三七メートルの独立記念塔が立っています。地下1階には、独立宣言の実物が納められています。ハッタとスカルノが直筆でサインをしています。そこに独立の日が「一七・八・〇五」とハッキリ書かれています。

一七・八は八月十七日の独立の日を示していますが、「〇五」、〇五年とはどういう意味でしょうか。インドネシア人はイスラム教徒ですからイスラム暦ですが、これはイスラム暦ではありません。ましてやキリスト暦でもありません。では〇五年とは、いったい何暦でしょう。

〇五年は、日本の「皇紀(こうき)」です。一九四五年は、日本の「皇紀」では二六〇五年にあたるのです。初代の天皇である神武天皇が即位して建国をした時から数えた年です。ハッタとスカルノは日本に感謝して皇紀を採用したのです。インドネシア独立の生みの親は日本だったのです。だから二人はインドネシアの独立宣言の独立の日を、日本の「天皇の暦」によって祝福したのでした。

皆さん、こうした西欧の五〇〇年に及ぶ植民地支配は、世界中で広く認知されたことであります。われわれは今日、植民地支配の禍(わざわい)の終焉をこうしてここに集い祝福しています。

日本は「日の昇る国」です。真に自由なアジアを求めるみなさんで、手を取り合ってゆきましょう。 民主的なアジアの連帯を実現する重要な役割を、日本が果たすことを願っています。

日がまた昇ることを願って、締め括(くく)ら せていただきます。

Henry S. Stokes

「詩・歌・その言語遊間」さんより転載。

 共感いただければクリックをお願いします。

| | コメント (3)

2015年3月14日 (土)

国民の努力は報われない(?)

Photo     

--- TPP消費増税 /カジノ解禁に反対します ---

ブログランキングに参加しています。

ジャスコ・フランケン岡田がメルケルさんの尻馬に乗り、慰安婦問題などでまた嘘をついたようです。彼はどう考えても日本人じゃないでしょう。あんなにしゃーしゃーと嘘をつく日本人は、少なくとも私の廻りにはいません。

ドイツは公式に否定していますが、フランケンは「かなり丸めて言っただけ」などとうそぶいています。本当にどうしようもない売国政治家です。メルケルさんもなぜフランケンに会ったり朝日新聞に行ったりしたのでしょうか。謎です。。

周辺国もドイツと日本を比較して日本の姿勢を批判していますが、それはお門違いというものです。ドイツはナチスのせいにして逃げまくり、きちんと過去と向きあったとは言えません。

ギリシャなど、謝罪も賠償もしていない国からの追及をかわすため、欧州ではむしろ歴史問題に触れたくないというのが本音でしょう。世界の常識から見て、する必要のない謝罪も賠償もして来た日本とは大違いです。

20131011044730214

さて気を取り直して本日の話題、日銀が追加の金融緩和を止めていますが、さすがにそれは危険ではないでしょうか。株が上がっているとは言え未だ国内への設備投資意欲は強いとは言えません。民間金融機関の信用創造機能が十分でないときは政府が信用創造するしかないのです。それ以外にマネーストック(M3)を増やす方法はないからです。

簡単な話で、結局マネーストックの増加率が上がらないと経済成長は望めません。よく、みんなで一生懸命努力すれば経済成長する筈だ、などと言いますが、はっきり言って努力と経済成長(名目)とは何の関係ありません。

確かに努力をすれば優秀な日本人ですから生産性が上がって技術レベルも上がるでしょう。しかしながらそれに見合った流動性の高い資金(マネーストック/M3)がなければデフレになるだけです。その場合貿易大国である日本は円高とのセットになります。ヌラリヒョン白川時代がその典型ですね。

はっきり言えるのはマネーストック(M3)の伸び率と経済成長は切っても切れない関係であるという事です。前にも書きましたが、90年までは年平均で9%の伸び率でした。90年以降は2%ですから、これ以上明らかな事はありません。これこそがデフレの正体なのです。

日本の場合、マーシャルのK(マネーストック/GDP)は2以上と多く、しかも僅かながら毎年増え続けています。これは日本独自の商習慣などによるものでしょうが、逆に言えばマネーストック(M3)の伸びが止まればGDPは縮小せざるを得ないのです。

ではなぜM3の伸びが止まったのかと言えば、国民が借金(銀行の信用創造)をしなくなったからです。借金(投資)をすれば不良債権にならない限りマネーストック(主に預金量)は増え続けます。預金準備率が2%の場合、貸し出したお金の98%はまた貸せるのです。

日本の個人や企業の手元現金が一定だとすれば、貸し出したお金は全てどこかの金融機関に戻る事になります。その内の98%はまた貸せる訳ですからよく出来たシステムではないでしょうか。元手の10倍にも20倍にもなり最大50倍(2%の場合)にもなり得るのです。

尤も、それ以上にするには政府からの供給が必要という事になり、結局政府は国債を発行せざるを得ません。あるいは預金準備率を下げるかのいずれかでしょう。もし他の方法があるなら是非教わりたい。(笑)

話が明後日の方向に飛びました。90年のバブル崩壊による資産価値下落で企業はバランスシート改善のためせっせと借金を返済する事になります。設備投資する余裕などある筈がありません。これをリチャード・クー氏はバランスシート不況と呼びました。言い得て妙ではないでしょうか。これが失われた10年の正体です。その間BIS の自己資本率変更などがあり貸し出しに制約がかかった事も見逃せません。

ではバブル崩壊から10以上年経ち、ある程度借金返済が進んだ段階でも企業や個人が、なぜ昔のように借金をしないのかと言えば、円高による生産拠点の海外移転や、資産価値が下落し担保力が低くなった事が原因でしょう。銀行の審査も厳しくなりました。加えて消費税の増税です。消費の力も弱まります。

90年を境に国の金融政策や国民の借金に対する意識が致命的に変わった事がお分かりでしょう。つまり借金はデフレ経済下で何の得にもならないのです。それなら有り余る外貨で海外に投資しようという事になります。

その中でせめてもの救いは政府が国民から借金をし国債を発行し続けた事です。金融資産全体は増えたのです。日銀の買い入れがもっと多ければ良かったのですが、日銀独自の変なルールがそれを阻みました。

という事は三段論法でもありませんが、日銀が今のペースで国債を買い続け、消費税増税をやめればM3が増え、その結果としてGDPが増えるという事になります。それを4~5年も続ければ見違えるように経済は上向いている事でしょう。

世界が円安をこれ以上容認するかという問題はありますが、そのためにも世界との関わりは限定的にするべきというのが私の持論です。(笑)それには輸出を増やすのではなく輸入を減らすのが一番です。

その分内需が活性化します。インフラ輸出や観光立国は一時しのぎにはなっても将来の日本の為にはなりません。結局内需が活性化しない限り国民の努力は報われないのです。

370兆円(2014年末現在)もあり、増え続けている対外純資産をこれ以上増やす意味などどこにもありません。この件、長くなりますのでまた次回。。

 共感いただければクリックをお願いします。

| | コメント (2)

« 2015年2月 | トップページ | 2015年4月 »