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2016年1月 1日 (金)

2016年新春特別 「日本の年輪、風雪150年」(前編)

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2016

皆様、明けましておめでとうございます。昨年は身に余る多大なご支援をいただき大変有り難うございました。本年も宜しくお願い申し上げます。

 さて年明け早々大袈裟なタイトルですが、いつものように竜頭蛇尾に終わってしまうかもしれません。あまり過度な期待をせずに読んでいただけると幸いです。続編もすぐにアップするとは限りませんので悪しからずご了承いただきたいと思います。

昔、未だほんの子供の頃、土曜日の夜遅くに「日本の年輪、風雪20年、」というテレビ番組が放映されており毎週見ていました。ノモンハン事件から太平洋戦争に至るまでの経過を古谷綱正氏が解説するという完全ドキュメンタリー番組です。

なぜ熱心に見ていたかと言えば、親の影響もありますが、私自身一番見たい番組のひとつだったのです。日本の近代史に興味があったからというのではありません。ただ単に軍艦好きの子供として戦争の記録映像を見たかったからです。祖父や父親が話す当時の勇ましい話にも興味がありました。

BGMにはあまり聞き覚えのないクラシックが流れ、エンディングには歴史を映した走馬灯が回る格調高い番組だった事を覚えています。今はマスコミが左翼化したせいで、こういう客観的且つ史実に忠実な番組がなくなりました。確か日本テレビだったと思いますが、是非再放送して欲しいものです。今の子供達に見せたい。。

ところでテレビと言えば先日、某左翼系犬H系テレビで青森にある縄文時代の遺跡の特集をしていました。三内丸山遺跡と言うのだそうです。始めて聞いた名前ですが、その驚愕の内容に引きつけられ、夜遅い時間帯にも関わらず最後まで見てしまいました。

それにしても知らないというのは恐ろしい事です。今までの縄文時代のイメージとは全く違う事実に驚き、自分の無知を恥じました。海外の学者が何人か出て言っていましたが、狩猟採集民族が一ヶ所に定住して栄えた例はないそうです。今の教科書はそうなっているのかな?

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番組で最も驚いたのは巨大建造物です。縄文時代にこういうものを作る能力があったとは知りませんでした。何と300人が収容出来る大集会所(上)のような建物があり、15メートルもの高さの見張り台?のような物まであったのです。しかも環境は整備され、かなり派手な装飾品まであるのですから、想像以上に豊かな生活を送っていたようです。

それにしても、稲作の情報はあっても、わざわざそんな大変な仕事をする必要がないくらい豊かな生活環境とは何でしょうか。番組では氷河期が終わった後、徐々に温暖になり四季がはっきりとした事が原因のひとつと解説していました。また計画的に栗の木林を作り、食料が安定して手に入る工夫がされていたと言います。縄文人は結構知的だったようです。

その勤勉且つ知的で穏やかな性格を持つ日本人のルーツですが、最近の研究ではアフリカを後にして広がった三つにグループ分けされる人類の全てが日本列島に集まったされています。これは世界的にも例がないらしいです。

また縄文人と弥生人の差は母系のミトコンドリアDNAで言えば一般の東アジア系で括られる程度のものだそうです。しかしながら父系のY遺伝子で言えば全く趣が異なります。縄文人の特徴であるD系統はチベットやバイカル湖にしか見られないし、さらに細かく分析すると縄文系は100%日本固有のD2遺伝子を持つようです。それは今でも日本本土に42~56%存在すると言われています。

他に類型のない特殊な言語である日本語の存在があり、これらの事が意味するのは他民族に支配された形跡がないという事らしいです。侵略があってもむしろ呑み込んでしまったのでしょうか。世界では非常に希なケースと言えます。

さらに異質なのはユダヤ系とエジプト系のDNAが入っている事実です。数は多くはないのですが16%くらいの今の日本人のDNAに、その痕跡が見られると言います。初代スメラミコトの神武天皇や秦氏はやはりそっち系だったのかもしれません。

日本にスファラディ系ユダヤの習慣やしきたり、ヘブライ語が数多く残っているはその証しと言えます。アッシリアに滅ぼされたと言われる元祖アジア系ユダヤ人は、本当に失われた十氏族として誓いの箱(アーク)と共に高天原を経て日本に渡って来たのかもしれません。

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(ノアの方舟は琉球地方に流れ着いたという説もあるが、どうでしょうか。ちょっとファンタジーかもしれません。)

この話にはシナイ山で石に刻まれた十戒やノアの方舟も絡んで来ますから、話半分としても凄くロマンのある話ではないでしょうか。尤も、下手にそういう話をすると何も知らない人からファンタジーとバカにされますので用心して下さい。(笑)

さて、その縄文時代という世界に例を見ない1万5千年もの長期安定時代を経験した日本の歴史は、続く弥生以降2000年間の独自進化を遂げた後、激動の時代を迎える事になります。ペリー来航以降の近代史は苦難と栄光の歴史でした。人類の歴史から見て瞬間にしか過ぎない期間に詰め込まれた内容は、あまりに濃く激しいものだったのです。

20世紀になって白人による植民地支配は地球全域に及び、残された有色人種の独立国は最終的にはチベット、タイ、日本となります。しかも白人同士による縄張り争いもあって戦争が絶えません。もちろん有色人種が巻き込まれない筈もなく、自らの意思とは無関係に翻弄され続ける事になります。人類にとっていかに過酷な時代だったかが伺えるというものです。

そんな中、独立自存の為に急激に成長を遂げつつある国がありました。我が日本国です。最初は取るにたりない存在としか見ていなかった欧米列強は日露戦争の勝利で衝撃を受けます。あのちっぽけなアジアの小国が巨人ロシアに無謀にも戦いを挑み勝利したのですから驚天動地でしょう。

反対に欧米に支配され痛めつけられて来た国々は勇気を与えられます。あの小さな日本人が熊のようなロシアを正攻法で負かすのですから、もしかして我々にも独立のチャンスがあるかもしれないと、一縷の希望を与えました。

その時を境に欧米列強の我が国を見る目は変わり、潜在敵国として目の上のたんこぶ的存在となります。ドイツ発で黄禍論が唱えられ、米ではオレンジ計画が発動されます。つまり、生意気な黄色人種め、時を見て踏みつぶしてやるから待ってろ、というのが偽らざるところではないでしょうか。

そうなると日本も警戒せざるを得ません。出る杭は打たれます。その為の富国強兵殖産興業でした。大東亜共栄圏の発想も東アジアでまとまって欧米列強に対抗しようというもので、そこに侵略的意図、領土的野心が入り込む余地はそもそもなかったのです。つまり食うか食われるかの時代に、劣勢を跳ね返す為に必死になって工夫をし布石を打っていった訳です。

しかし所詮多勢に無勢、何かにつけていやがらせをされます。日清戦争後の三国干渉を皮切りに、亊あるごとに日本の力を削ぐ計略を仕掛けて来るのです。ノルディック競技などでも明らかなように自分達が不利になればルールを変えて来るのは彼らの常套手段です。

WW1後はやワシントン海軍軍縮条約やロンドン軍縮条約で軍艦の総量を制限され、徐々に追い込まれていく事になります。しかしその事が返って日本軍の、特に海軍の質を上げていく事になりました。(続く)

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コメント

あけましておめでとうございます。

 新年そうそうのUPに感謝いたしております。
なにかワクワクした気持ちで読ませていただきました(ワクワク)。
 思えば昨年はお正月早々親戚から奪われた土地の名義を奪い返す事から始まり、一息ついたところでカミさんの膠原病(SLE)の発症が発覚(脳梗塞が発見のキッカケでした)し、それまでの生活のパターンが大きく変化をいたしました。しかしこれも人生の1ページですので力まず前向きに受け止めております。それでも秋には新居への引越しを済ませて新しい家で家族全員で新たなる年を迎える事ができました(しかし以前に建てた家が2軒あまってしまっているのですが)。
なにはともあれ感謝感謝でございます。
 
 今年もいろいろな事があると思いますが、田中さん(様)の情報や皆様のコメントを参考にさせて頂き、情熱を持って冷静に判断をしていきたいと考えております。年末の日韓のやり取りに関しましては自滅をまつだけの相手に急に動いたからには絶対にその先(パート2)があると思っております。といいますか、何もなければ首相は動かないハズだと考えます。(出ました!応援団)
 日本国内の保守の方々のお怒りの部分はわかりますが、反対に韓国内での騒ぎのほうが大きいように受け止めております。
私の知る限りにおきましてはこういった両国同時の反応は初めてではないでしょうか?そう考えますと経済政策以外は着実に実績を積み上げている現在、しばらく様子をみようと思っています。

なにはともあれ時差の関係上、先ほどコチラも新年を迎えることができました。

田中さん(様)をはじめ、皆様今年も宜しくお願いいたします。

 

投稿: 南国通信 | 2016年1月 1日 (金) 01時11分

あけましておめでとうございます。

先ほど赤坂の日枝神社(ひえじんじゃ)へ初詣をいたしてまいりました。妻は5年ぶり・長女は7年ぶり・私は5年ぶりの日本でのお休みを過ごしております。
今年も宜しくお願い致します。

投稿: AZ生 | 2016年1月 1日 (金) 02時56分

皆様、新年明けましておめでとうございます。
 若い頃は何で明けておめでたいのだと自問していましたが、末期的年齢になった今、やはり今年は死ぬかも知れないと思っていた自分が誰にも迷惑を掛けずに生きて新年を迎えているのはおめでたいと思うしかないと悟っています。

 今日は靖国参拝をしてきました。多くの(1000人以上)の人達が靖国神社に群がって厳粛な姿勢を示すことに安心しました。私の3人の叔父たちと多くの英霊たちへの感謝と新たな誓いをしてきました。

 先のメールで慰安婦問題で安倍さんへの批判を書きましたが、今現在韓国では面白い状況になっているようです。まるで野犬の群れに肉塊を投げ込んだような状況で朝鮮人らしい混乱を見せています。これが安倍さんの深謀とすると私の不覚、安倍さんへの評価はしばらく留保させていただきます。

投稿: ナベ | 2016年1月 1日 (金) 22時27分

田中徹さん(様)の2016年新春特別 「風雪150年、日本の年輪」・・・凄く壮大なテーマですね、興味深く拝読させて頂きました。後編が楽しみです。

ナベさん(様)はもう靖国参拝をされたのですね。私も近じか参ります。

南国通信さん(様)の元気一杯のコメントを読ませて頂きました。ありがとう御座います。

投稿: AZ生 | 2016年1月 1日 (金) 23時36分

今日暇に任せてピアフとセリーヌディオンを聞いていると

 ピアフの若いときの写真が出ていました。それが映画「カサブランカ」で感動的な場面、ドイツ軍たちの前でフランス国歌「ラ マルセイユ」を歌う場面があって、歌い終わったとき「ビバフランス ビバフランス」と叫ぶのですがそのときの若い歌手がピアフではないかと気が付きました。もしそうなら嬉しいのですが、どなたかご存知の方がいらしたらお教えください。フランスにとっては不幸な時代でしたが、あの国歌を歌って「ビバ フランス」と叫ぶシーンに感動していました。あの時のイングリッドバーグマンも素敵でしたね。

投稿: ナベ | 2016年1月 2日 (土) 19時51分

古い記事に失礼します。
私は昭和57年生まれなのでリアルタイムに「日本の年輪 風雪二十年」を視聴しているわけではないのですが、この番組に関心を持ち、この度放送リストを作成しました。
よろしければ、解説文とともにご笑覧ください。
http://www.natsumero.info/program/

投稿: 仙漁海太郎 | 2020年3月23日 (月) 21時45分

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