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2016年10月28日 (金)

時代遅れの経済学で衰退する日本

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日本の経済学者はなぜダメなのかという議論がありますが、本当にこれは謎です。もちろん世界の経済学者にしてもイモだらけ、文字通り玉石混淆なので日本だけを責める訳にはいかないのかもしれません。

それにしても国の借金が~や、貿易収支が赤字になっただけで、もう日本は経常収支赤字国に転落する~、破綻だ~と騒ぐ連中がいるのには呆れを通り越して哀れにさえなります。学問として、という程のものでもなく、大人の常識力があれば済むレベルの話でこの有様ですから絶望的です。しかもその連中が主にメディアに露出します。

政府の財政問題に関しては当ブログでも散々書いて来ましたし、他の保守系ブロガーの方も異口同音に大した問題ではないと述べられていますので今回は省略しますが、貿易やグローバル化に関しては意外にまともな事を書く人は少ないようです。

尤も、そう言う私だってこの事に気付いたのはそんなに昔の事ではありません。メーカー時代は有名多国籍企業の開発部門に籍を置き、輸出やグローバル化こそが資源のない日本を豊かにするものと信じていました。ところが現実は違っていたようです。

それはアダムスミスの「国富論」の解説本を読んだ時の事です。そこには従来の認識とは異なる意外性のある事ばかりが書かれていたのですが、特に貿易に関しては今の考えに至る大いなるヒントがありました。正に目から鱗だったのです。

スミスは重商主義貿易の弊害を、あの時代から訴えていました。つまり、欧米列強の植民地主義時代にあって強奪的とも言えるやり方と自国保護主義を糾弾していたのです。貿易に於いて政治力、軍事力の強い国が弱小民族相手に、一方的に身勝手なルールを押し付けるやり方は持続可能ではないし、自国にとっても決して良い事ばかりではないと既に看破していたという訳です。何という慧眼でしょうか。

しかし、ここがミソですが、だからと言って彼は決して自由貿易を奨励していた訳でもないのです。貿易やグローバル化の限界を見抜いていたのかもしれません。彼は資本は人や土地をよく知っている身近なところに投資すべきと説いています。言わば安全志向なのです。彼のもう一つの著書「道徳感情論」からも当時としては並外れた合理的常識人であった事が窺えます。

A

{アダム・スミス
(Adam Smith、1723年
- 1790年)は、
イギリスの
経済学者・神学者・哲学者 

スコットランド生まれ。
主著は『国富論』}

つまり、それら生産要素は確実な情報が手に入る身近なところ、すなわち国内から得るべきで、安易によく知りもしない海外に手を出すべきではないと言っているのです。つまり、自らの労働こそが富の源泉で、まず身の回りを富ませる事が一番と言うなら、それを否定する人はいないでしょう。しかしながら、そこを理解している経済学者は日本に何人いるでしょうか?

現代に置き換えて、日本は戦後間もなく世界一の経済優等生国家に躍り出ました。朝鮮戦争がなければどうなっていたか分からないなどと言う人もいるようですが、あの程度は一時的な特需に過ぎず、あってもなくても大勢に影響はなかったと思われます。外貨が欲しい時代に一息ついたという程度でしょうか。

その後60年代には繊維で日米繊維摩擦を起こす程になります。その次は70年代の鉄鋼、造船、さらに電機、自動車、半導体と続き、輸出で稼ぐネタに困る事はなかったのです。正に製造業黄金時代を迎えていました。

官民共にイケイケで、少し調子に乗り過ぎた嫌いはあったのではないでしょうか。折角大戦で軍事力を崩壊させ、WGIP効果もあって二度と米の前に立ち塞がる事はないと高をくくっていた米は焦り、日本はその逆鱗に触れたのです。執拗な内政干渉の嵐に翻弄される事になります。

いえ、とは言っても今回は陰謀論的な米による日本潰しの話をするつもりはなく、あくまでも日本を主体とした失敗談として記事をまとめるつもりです。政治と経済の未熟さが米の過干渉を招き、自らも自滅していったという情けない話です。

80年代、未だ貿易黒字とその累積である対外純資産がそれ程の数字でもない頃から米は日本に脅威を感じていました。対日貿易赤字が膨らみ始めた頃で双子の赤字に悩む超大国にとって日本の無神経さは我慢ならないものではなかったかと推察されます。

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  (プラザ合意当時のG5メンバー/円は狙い撃ちにされた)

そこで世界を巻き込んで日本に呑ませたのが85年プラザ合意での円高定着です。1ドル250円が数年で半分にまでいくのですから普通の国ならご臨終です。ところが米の思惑に反し日本の貿易黒字はむしろ膨らんでいったのです。技術革新があった事も確かですが、これ程の円高を企業努力で吸収してしまいました。

と言うと聞こえはいいのですが、実は内容の大半は下請け叩きと賃上げ阻止です。つまり人件費を下げる事で競争力を維持し、さらに貿易黒字を増やした事でまた円高を進ませる悪循環に陥っていったのです。そこでの目くらましはバブルです。資産インフレが起こされて地価と株価がうなぎ上りに上がっていきました。

人々は何となく豊かになった気がしていましたが、それは幻に過ぎなかったのです。未だそれ程外貨を持たない時代に、なぜあれ程までの海外投資が出来たのかと言えば、日銀が銀行に対して貸出しを強制したからに他なりません。つまり借金で金持ちになった錯覚に陥っていたのですが、少し前の中国を笑えないのです。(笑)

バブル崩壊した中国は日本の様にハードランディングの道を選ぶ訳がないので目立ちませんが、徐々に衰退の道を歩む事は明らかです。そして二度と繁栄を謳歌する事なく分解され、人々の記憶からも忘れられていくのではないでしょうか。(個人的予想&希望的観測?)

話を戻します。日本の失敗はプラザ合意を呑んだ事に尽きます。円高が進めば必然的に円の量は調整されます。それでもマネーストックを伸ばすだけの胆力ある政治家がいたなら成長と通貨高を手にし超大国として世界に君臨する事もあり得たのでしょうが、結果は残念ながら次々と米の要求を呑み、その機会は失われていきました。

貿易黒字の裏には必ず赤字国がいて、世界全体で見ればプラスマイナスゼロです。これで持続可能な筈はありません。基本的に貿易弱国はず~と赤字です。当然摩擦が起きるし最悪のケースは借金踏み倒しになります。品物は既に相手に渡っていて戻る事がないのにも関わらずです。あるいは日米関係のように膨大な外貨準備をドルで用意し米国債として米に還元させるケースもあります。

この場合は品物を渡して、その代金(借金)をご丁寧に、償還が保証されない相手に貸し与えるのですから相手の笑いは止まらないでしょう。その資金でまた日本車を買うと言った具合です。これでは日本が豊かになる筈がありません。これ経済学というより常識でしょう?(笑)

それなら余っている付加価値生産力を国内に向ければいいではないですか?プラザ合意に至る前に、日本が重商主義を捨て貿易均衡政策をとっていたなら、全く違った展開があった筈です。

金本位制でもない時代に輸出至上主義を貫く意味は全くありません。それでも米に買ってもらわなければ日本の製造業が成り立たないと考えたなら、米の干渉に対する政府の弱腰も少しは理解出来ます。

ところが実際は遠の昔から内需主体で海外に必要以上に買ってもらう必要がなかったとしたら? 生産拠点を海外に移さずに、国内生産の高負荷価値化を進めていたなら、前回記事で書いたようにスーパーリッチな日本が見られた筈です。

経済学と政治が貧困であったが為に国民がそのツケを払わされました。その累積額は巨大です。日本国民にはデフレで失われた20年の損害賠償を国に対して要求する権利があるのは明白ではないでしょうか。

いえ、別に能無し政治家に対して、額に汗して働いて金を稼いで貢げと言っている訳ではありません。ちょっとお札を刷って(通帳に印字だけで結構)国民に渡せば、一番の経済対策になり皆ハッピーになれるのですから、やらない手はないでしょう。(笑)

最後はヘリマネの話になりました。

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