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2017年5月15日 (月)

なぜ反日国は誕生したのだろうか(前編)

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 中国、韓国が常軌を逸していると思われる程反日活動に血道を上げるのは、和を尊ぶ我々一般日本人には理解し難い事です。今回はその背景を歴史を参考にしながら考えてみます。長くなる事が予想されますので、何回かに分けて書いていくつもりです。

ご存知の通り、日本には脈々と受け継がれて来た世界に希な固有の歴史があります。紀元前660年(縄文時代)に即位された神武天皇(天皇=スメラミコト)以降の皇国としての歴史です。

今年は皇紀2677年にあたります。その神話自体は多少不確かなところはあるにしても、全くの絵空事と言い切るには現存する諸々の事象からみて無理がある気がします。少なくとも私はそう思います。

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時代はその平和な縄文時代から弥生時代へと、大陸から朝鮮半島を経由して渡来人が押し寄せて来る事で変わっていきます。この時代に日本の人口は自然増をはるかに上回る勢いで増えました。

基本的にはこの渡来人と縄文人のミックスが今の日本人と思って差し支えないのは色々な研究からも明らかです。つまり我々日本人の民族的ルーツは2000年以上も前に原型が出来たという訳です。

一方の中国、韓国は全く趣を異にします。地政学的な問題もあってそこに住む人は常に入れ替わって来ました。中国は蒙古に支配された時代が長いのはご存知の通りです。漢人から見ての蒙古ですから、字を見ても分かるように少しバカにしている訳です。

17世紀中盤、その小バカにしていた蒙古人が万里の長城を超えて攻め込みます。その蒙古人に虐殺され、あるいは追い出され、また支配された漢族が失地を回復するのは20世紀になってからでした。日清戦争で日本に敗れた清は、弱みに付け込む欧米列強からの圧力に抗しきれず植民地化が進み1912年、滅亡に至ります。

その後、清朝最後の皇帝である愛新覚羅溥儀が、1932年に関東軍の庇護の下、初代満州国皇帝として即位する事になったのは映画「ラストエンペラー」でも描かれていました。しかしその理想郷とも思えた五族協和の時代は長くは続きません。

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(映画ラストエンペラーで溥儀の役を演じたジョン・ローン)

満州国は日本の敗戦によって中国全土の実権を握った中華民国に併合される事になります。その数年後の49年には共産党軍が国民党軍との内戦に勝利し中華人民共和国の時代が誕生、現在に至る訳です。

つまり今の中国は甘めに見ても建国105年に過ぎないのです。しかも清の支配が長かったため文化、科学技術の停滞は当然で、にわか造りの国家、中華民国は近代国家としての体をなしていなかった事は言うまでもありません。

多少前後しますが、日露戦争後あたりから中国人(漢族)留学生が既に近代化を進めていた先輩国日本に大挙して押し寄せる事になります。彼らが見たものは中国由来の漢字をベースに作られた欧米の様々な概念を指す1400にも及ぶ熟語、つまり新しい言葉(漢字)でした。

これを学ぶ事によって既に日本語に翻訳されていた欧米の文献を読むことが出来ます。彼らはそんな重宝なものを、何もなかった母国に持ち帰らない訳がありません。現代中国語の70~80%はその時逆輸入したものだと言います。

ただ彼らは、あろう事に簡略化した文字(簡体字)に変えてしまったので表意文字が表音文字に変わってしまいました。もったいない話ではないでしょうか。従って、オリジナルの漢字を発展させ現在も変わらず使っているのは日本だけという事になります。

さて、もう一つの超絶反日国家、韓国ですが、朝鮮人のルーツは紀元前5世紀頃の中国の史書に登場する穢(わい)族だと言われています。その文字の意味は汚れだそうです。日本統治前の朝鮮半島を思い浮かべれば納得がいきます。

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 (韓流ドラマからは想像も出来ない当時の朝鮮半島)

中国人(漢族)は自分たち以外の民族に対しては良い漢字を選ばなかったようで、その名残は日本の征夷大将軍にも見られます。征夷は蝦夷(えびす、えぞ/北の異端児)を征討するという意味なのです。因に日本は倭と呼ばれ、にんべんがつきます。人として認識していたという事になり、比較的上位の民族と見られていたのでしょう。(笑)

話は戻りますが、朝鮮人のルーツに関しては900年程前に北方のエヴェンキ族が半島に南下、土着したという説もあります。ただそれを認めてしまうと古代から朝鮮が日本に文化を与えて来たという、彼ら特有の言いがかりが通用しなくなるので認めたがらないようです。

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(韓国に行くと、今でもこういうトーテムポールが見られる。私もよく目にしたが、一種独特で不気味な感じがした。)

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    (元祖エヴェンキ族のトーテムポール)

いずれにしても中世以降は中国の柵封国として中国に事大し、朝貢外交を行って来ました。主権を持った独立国となったのは日清戦争以後の事です。その大韓帝国は自らの不作為、統治能力のなさにより13年で崩壊、日本の統治下(保護国)に入る事になります。

その後、日本の敗戦により独立せざるを得なくなりますが、はっきり言ってその1945年からやっと主権国家としての体裁が曲がりなりにも整う訳で、建国70年というのが妥当なところではないでしょうか。こうして見ると歴史が浅い国の代表格であるアメリカ合衆国が古参に見えますから面白いものです。

(次回に続く)

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