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2018年6月13日 (水)

AI によって訪れる近未来とは?

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---日米 FTA消費増税 /カジノ解禁に反対します ---

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 今日はまず、田坂広志氏(多摩大大学院教授/社会起業家論専門)の記事からの抜粋です。東京の税理士会から、AI によって変わって行く近未来の話を依頼されたそうです。氏はその切実な危機意識に驚きを覚えたと言います。

依頼内容
「これからやってくる人工知能革命によって、我々の業界の仕事は、10年以内に、半分が不要になると思っています。そのときに備え、いま、我々税理士が、どのような能力を身につけておかなければならないか、教えて頂きたい」

(中略)

企業や官庁内の仕事であっても、「知識修得力」と「論理思考力」で行える仕事を担う「知的職業」は、その大半が、人工知能によって置き換わっていく。専門的知識と論理的判断では、人工知能は人間に比べ、圧倒的に優れた力を発揮するからだ。

(中略)

結論として、将来人に求められる能力とは以下のものだそうです。

第一が、「職業的能力」。これは、書物で学べる「文献的知識」ではなく、経験を通じてしか掴めない「職業的智恵」のことだが、この能力を身につけていくためには、スキルやテクニック(技術)だけでなく、ハートやマインド(心得)と呼ばれるものを身につけ、磨いていかなければならない。

第二が、「対人的能力」。もとより、その中核は「コミュニケーション力」であるが、特に、言葉以外の眼差しや表情、仕草や姿勢、空気や雰囲気などを通じてメッセージ交換を行う「非言語的コミュニケーション力」を磨いていかなければならない。

第三は、「組織的能力」。これからの高度知識社会では、メンバーの人間成長を支え、その知的創造力を引き出す「心のマネジメント」や「支援型リーダーシップ」の力を身につけなければならない。


しかし、この三つの能力の根本にある力は、やはり「人間力」と呼ばれるもの。そして、人工知能革命が到来する遥か以前から、実社会で活躍する優れた人物は、誰もが、この力を身につけていた。

これを読んで、僭越ながら私なりの考えを述べたいと思います。以前八丈島さんのコメントにあった、「AI が人間の生活に深く関わって来る将来はどうなるのか」という回答にもなるかと思われます。

と、柄にもなく大上段に構えてしまいましたが、大した経験も知見もない私ごときが大した事を言える筈はありません。一人のデザイナーの戯れ言として読んで頂ければ幸いです。

まず、この先生のおっしゃる事は私にとって目新しい事も含め、想定の範囲内と言いますか、概ね賛同致します。しかし直感的に何かが足りないと思った事も事実です。門外漢の一デザイナーの直感ですから、根拠は薄弱です。(笑)

私は常々人間には二種類しかいないと思って来ました。仕事をさせる側とさせられる側です。自分でもの事を考えて行動する人と、言われた事をやる人、に置き換えてもいいです。提案型と盲従型とも言えます。

単純に言えば、AI の未来にはいくら優秀でも後者は必要でなくなるのです。この先生もおっしゃるように、そのくらいの仕事ならAI で十分だからです。ただしこれは知的労働者に限ります。サービス業などでスキルやマインドを必要とする労働集約型の仕事の場合は別です。

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労働生産性が低く資本力を持たないその分野がロボット化、AI 化する事は構造的に困難です。ちょっと考えれば分かりますが、凄いスキルを持ったロボットが完成したとしても、人件費との比較になります。

ロボットへの投資や維持費が人の雇用よりはるかに高くつくのでは誰も手を出しません。従って人間が安泰の分野と言えるのではないでしょうか。AI やロボットに置き換えられる資本集約型産業からあぶれた人の受け皿にもなり得るでしょう。

またその分野は無限の可能性を持ちます。時代の進化に連れ、これまで以上に新しいアイデア、付加価値がどんどん生まれて来る事は想像に難くありません。またそれが正常な姿です。それが何を意味するのかと言いますと、資本集約型、労働集約型共に必要とされる基本的能力は想像力なのです。創造力と言い換えても構いません。

それに全体を俯瞰して物事を見る力が加われば鬼に金棒です。つまりその時代のリーダーには洞察力と想像力が求められるのです。実は今でもそうなのです。(笑)それがないので政治も経済も苦労しているのかもしれません。

ちょっと日本人には苦手な分野かと思われますが、必要は成功の母です。求めさえすれば、見えざる手が導いてくれるのではないでしょうか。もちろん労働集約型でスキルやマインドを必要とされる分野はそこまでの能力は必要ありません。

今より少し想像力を働かせる事が出来れば十分食っていく事は可能です。また、その分野があるからこそ資本集約型も生きます。つまり圧倒的多数の消費者としての存在価値がある訳です。

分かり易く言いますと、例えば自動車産業などは従業員数が10分の一くらいになってもおかしくありません。もっとか?一部のクリエーターがAI やロボットを使って効率よく仕事をするようになるでしょう。

必要とされなくなった90%の人件費分で高額なAI 他の最新兵器が手に入るのですから当然と言えます。しかしその90%の人が消費者に廻らない限り資本集約型産業も持続可能とは言えないのです。

と言う事は労働集約型のサービス業はどういう形になるにせよ生き残る事になります。いや、それどころか、むしろ拡大発展させなければならないのです。その結果は今と就労人口比率が変わるだけです。

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さもなくばBI の導入も含め、税金で生活する人の比率が増えざるを得ず、労働者は重税に喘ぐ事になります。しかしこの程度ならまだ救いはあります。国内で経済を廻す限り、最悪の事態は避けられるのです。

一番まずいのは生産性重視で国全体が資本集約型に特化して行く事です。この場合国内に市場がなくなるので海外に求める事になります。つまり外需依存の悪い形です。そうなれば一部のエリートとそうでない人にはっきり分かれ、街は失業者であふれる事になるでしょう。

企業の論理が優先され、その結果低福祉社会を招き、小さい政府が自らの責任を回避するという、いわゆるアメリカ型の格差拡大社会です。

この未来を分けるのは政府の政策次第なのですが、今のところグローバル化に歯止めがかからず、生産性の低い労働集約型内需産業軽視、外需依存加速で悪い方向に突き進んでいると言わざるを得ません。

バラ色の未来か、夢も希望もない未来かは、ひとえに政治家の想像力にかかっているのです。えっ、それじゃ絶望的だって?・・・・・・ご免なさい。私にはどうする事も出来ません。(笑)

 

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経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

早々のアップありがとうございます。興味深く読ませていただきました。よく読んでまたコメントいたします。ようするに国内で経済を回すようにしなければならないということですね。

投稿: 八丈島 | 2018年6月13日 (水) 17時44分

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