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2019年3月

2019年3月22日 (金)

最近気になる事

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---移民政策/消費税増税/カジノ解禁に断固反対!---

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ネットで気になる記事を見つけましたので紹介します。

 韓国の友人たちと酒を飲むと、酔っ払った彼らは必ず「南北統一が実現すれば、核戦力と安い労働力が自分たちのものになる」というシナリオを口にしていた。それが目の前に見えてきたから、いま韓国で急に反日運動が盛り上がっているのである。

 私は以前、韓国で起きている問題については「放っておいても日本にとって実害はほとんどないし、日本に年間754万人も来てくれるありがたいお客さんなのだから、静観するのが最も賢明な選択だ」と述べた。この主張は、韓国の『中央日報』日本語版(2月11日配信)でも紹介された。

 だが、それは現実を無視すればよいということではない。日本が過剰に反応して非難の応酬を繰り返したり、ビザなし渡航の制限や国交断絶などを叫んだりして火に油を注ぐべきではない、という意味だ。やはりこれも以前、指摘したように、韓国人は自分の国が大嫌いだ。そういう歪んだ劣等感を持つ彼らがこれからどう動くか、冷静に注視すべきなのである。

 なぜなら、統一コリアにとっての“仮想敵”は日本だからだ。核保有国の中国やロシアと喧嘩するはずがないし、統一後に在韓米軍が撤退したら、反米感情も下火になるだろう。となれば、核ミサイルのターゲットは日本しかない。核保有国になることで日本の優位に立ち、いつでも寝首をかくことができるわけだ。その“妄想”があるから、韓国人は戦後70年で最も気分よく高揚しているのだ。

 この現実に日本は危機感を持ち、アメリカはもとより台湾や東南アジア、オーストラリアなどと連携・結束して統一コリアの誕生に備えるべきである。(週刊ポスト2019年3月29日号)
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(結局うやむやになったレーダー照射事件)

 
日本人はのほほんとしていますが、この方の言う事はあながち絵空事とは思えません。このところの韓国の反日盛り上がりは半端ではないからです。どう見ても無理がある道理を通そうとするのは、関係修復の意図が微塵もないと解釈すべきです。

その意味は誤解を恐れずに言うなら、戦争をも辞さないという事です。何かきっかけを見つけて憎き敵(日本)をやっつけてやろうという気が満々なのです。そういう相手が北と一緒になって核を持つというのは日本にとってこれ以上ない脅威、悪夢なのですが、政治家に危機感は見られません。

明らかに間違った歴史観から来ているので話せば分かる、などと高かをくくっている場合ではないのです。保守を標榜するまともな日本人(自称?)も、正しい歴史観などというものは、どこにも存在しないと肝に命じるべきです。自分たちに都合のいい歴史観だからこそ精神的安定が保てるのです。

ただ、韓国人が考えている事は非常に甘いと思われます。まるで自分たち主導でもの事が進むかのように錯覚していますが、そう上手くいくでしょうか。彼らは気付いていないかも知れませんが、大統領自身が北シンパだという事実があります。北のために動いているとしか思えないと日本側からは見えるのです。

韓国自体も既に北の思惑に添って動いているのではないかという兆候が随所に見られます。ところが、韓国人には全くそういう認識、自覚がないようです。これは非常に恐ろしい事です。経済有利が政治有利とは限りません。

考えられる最悪のシナリオは、もし南北が統一するような事があれば北主導になるという事です。北の安い労働力が手に入る?甘いです。(笑)上から目線で北を見ている時点で油断があると言わざるを得ません。統一すれば刈り上げ将軍様がトップに立つ確立は非常に高いと思われます。

既に北の工作員は韓国内で、そういう意図を持って動いている筈です。その場合、統一後に恐ろしい粛正が始まるであろう事は論を俟ちません。さらに南の資産は北に没収されるでしょう。こんな筈ではなかったと言っても後の祭りです。将軍にとっての国民は下僕(奴隷)でしかありません。

いずれにしても今、日本の国益のために政府がやるべき事は南北統一の阻止です。政治はいたずらに制裁したり報復する事でもなければアメを与え続ける事でもありません。水面下で国益に叶うよう周辺国と連携して動く事ですが、今のところ何かやっているようには見えないのです。例えそういう意図があったにしても上手くそれが機能しているとは思えません。

 

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(国連のある機関が発表する胡散臭いレポート)

 もう一つ、非常に違和感のあるおかしなニュースを見つけました。

世界の国や地域の「幸福度」をランキングにした国連の報告書がまとまり、日本は去年より4つ順位を下げて58位でした。G7=主要7か国の中で最も低く、台湾や韓国を下回りました。(中略)長寿国だけあって「健康に生きられる年数」は上位だったものの、「社会の自由度」や「他者への寛大さ」を評価する数値が低く、主要7か国では最下位でした。

▽健康に生きられる年数がシンガポールに次いで2位
▽1人当たりのGDPが24位、
▽政府やビジネスにおける腐敗のなさが39位となっています。
一方、
▽社会的支援が50位、
▽社会の自由度が64位、
▽他者への寛大さが92位と低迷しています。

日本が幸福度で世界58位??? 違和感ありありです。人んちの事は放っといてくれと言いたいです。(笑)

昨日引退を表明したイチローがいみじくも「日本人である事は既に勝ち組」と言ったそうですが、日米で大活躍をして来た人の言葉には重みがありす。私も全く同じ考えなのですが、日本人以外、いや日本以外に生まれて来なかった事の幸福感は半端ありません。

もちろん日本にも問題が全くない訳ではなく、そういう良い国だからこその問題は山積しています。豊かで魅力のある国には必然的に有象無象が集まって来るのですから、ある意味仕方がありません。

そのせいかどうかはともかく、政治もマスコミも問題だらけです。しかしながら我々は、そういうネガを差し引いても日本が一番だと思っているのです。その理由は散々当ブログで述べて来たので繰り返しませんが、幸福度に必要とされる基本的要件、ファンダメンタルスを他国と比較すれば間違いなく日本が一番と言えます。

私も世界(南米やアフリカを除く)を旅し、海外との仕事を通じて得た経験から言っているので多少重みはある筈です。(笑)上の記事では特に他者への寛大さと社会の自由度が極端に低い事に違和感を感じますが、じゃあどこの国が日本以上に寛大で自由度があるのかと問いたいです。

欧米は基本的に階級社会だし人種差別も残っています。アジアは色々な意味で未発展だし、その他の国々も魅力的に映りません。尤も、住めば都という諺もあるくらいなので、実際に住めばまた違った印象になるのでしょうが、上の尺度で見る限り、日本は悪くてもベストテンには入るだろう、というのが常識的な感覚ではないでしょうか。

ただ、こういう理不尽とも思える日本をディスる事例が最近増えているように思えます。それが誰かの意図なのか、あるいは自然発生的な流れなのかは分かりませんが、いたずらに惑わされず注意深く見守って行く事が肝要です。

上の記事とも関連しますが、親日国もいつまでもそうはいかないという例が色々出て来ています。あの、親日で有名なパラオも例外ではないようです。以下参照

「パラオには30年分の日本の投資が有形無形で残っていたが、その貯金ももうすぐなくなる。
その隙間に中国が入ってきていて、お金の力でどんどんと影響力を高めてくる。

5年ほど前から一気に中国人観光客を送り込み、パラオ人が中国人向けの施設などを作り始めるとパラオが台湾との国交があること理由に観光客を止めて、政府にプレッシャーをかけるというようなことをやっている。

我々のような技術を持つ会社を中国人が買いにくるが、自分たちは日本の国益を考えて利益度外視でやってきたのだから、ここでお金に転ぶことはない。

ただ、自前の資金だけで、パラオでリサイクルと産業育成の事業をスケールすることは難しいので、日本の政府や自治体との連携や資金が必要だ。」(神谷 宗幣)

外交で最も肝心要なのは、親日国を増やす事です。孤立無援だけは避けるべきです。

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2019年3月15日 (金)

一見成功したかに見える、テスラというビジネスモデル(続編)

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 前回からの続きです。
簡単に電動化、EV化と言いますが、充電のための電力以外にもクリアすべき問題は山積しています。

1)肝心要なバッテリーに必要とされる天然資源の供給は十分見通せるのか、

2)バッテリーをリサイクルするための有効なシステムは構築されたのか、

3)大気汚染やCO2排出量削減が、EV化によって満足のいくものになるのか、

見えない点が多過ぎるのです。

まずバッテリーに必要な天然資源、リチウムやコバルトですが、致命的に足りないと言われるコバルトに比べれば、リチウムの埋蔵量は相当量ある事が分かっています。

コバルトを使わない技術も一部で確立されました。しかしながらリチウムの供給の方は全く目処が立っていません。急に沢山掘れと言われても追いつかないのです。

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(需要とほぼリンクしているリチウムとコバルトの価格、欧州勢が本格参戦すれば下がる事はないだろう。)

そのため中国がEV増産を始めた15年頃からリチウムの価格が急上昇し始めました。元々材料費が60%以上を占め、量産効果が薄いとされるリチウムイオンバッテリー、価格に関しては今以上に下がる要素は殆どありません。例え全固体電池が実用化に成功したとしても、その効果は限定的と言えます。

中国では既に安いバッテリーを製造しているではないかと言われるかも知れませんが、この国は政府がバックにいるので参考になりません。そもそも重要部品の大半はリチウムイオン電池の発明国、日本が抑えている訳ですから、中国以外の国で低価格を実現する事はあり得ないと言えます。

次にバッテリーのリサイクル技術ですが、未だ確立されていません。という事はリサイクル前提でバッテリーを作れば作る程価格が上昇します。今でさえバカ高いというのに、それで大衆車クラスの量産が成り立つとは思えないのです。

最後の環境問題に関しては、もっと悲惨です。今既に一部の地域では最悪に近い状態だと言うのに、今後新興国の電力需要増加に加え、さらに電動車分が急激に増えて来る事は避けられない状況です。

その増加分に関してはゼロエミッションにする以外、地球をクリーン化する事などあり得ない筈ですが、原子力発電に足枷が嵌っている今、その実現は非現実的と言うしかありません。

地球規模で考えると、人類は既に車など持てる状態ではないのです。酷くまじめに考えるとそういう事になります。しかし、残念ながら新興国や発展途上の大国(中国やインド)、あるいは覇権を維持したいアメリカなどは、自国の都合しか考えません。

PM2.5 などで環境汚染が酷い中国では石炭から天然ガス発電へのシフトが進んでいるとされていましたが、最近の石炭火力発電監視機関(米NGO)の報告では、中止されていた石炭発電所の建設が再開され、止めた筈の従来の石炭発電所も再稼働していると言います。

つまり経済優先で環境対策は逆行しているという恐ろしい現実がそこにあるのです。もう一つの発展途上大国インドはあまり騒がれていませんが、中国以上に酷いと言われています。

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 世界の石炭火力発電所13000以上を追跡している米NGOのCoalSwarmが、Planet Labs の衛星画像を使った分析によると、中国国内では、新設あるいは再稼働準備中の石炭火力発電所が合計46.6GW分に達してることがわかった。これらの胎動 分がすべて稼働すると、今年の中国の石炭火力による電力は前年比4%増すると推計している。

現実問題としてパリ協定は既に有名無実化していると言って過言ではありません。大国にやる気がないのですから他が従う筈もないのです。日本だってあり得ない数字が突きつけられていましたから、ハナから無理です。(笑)じゃあ、人類はどうなるのか? 地球は住めない星になるのかというと、そんな事もないような気がします。

大気汚染を含む環境問題では一部の地域や国は存亡がかかる程の大問題になるかも知れませんが、方向性を明確にしている先進国や未発展地域は多少余裕があるのです。今後改善が進めば、さらにマージンは増えるでしょう。従って汚染が進む国をどう抑え込むかだけが課題になります。

そうは言ってもC02問題だけはどうにもならないのでは?と言われるかも知れませんが、そこは非常にグレーゾーンです。実は確定されたものは何もないのです。事実1965年から2000年頃までは平均気温の上昇が見られましたが、それ以降はむしろ下がっているという報告もあります。

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だからと言って無制限に増やしてもいいというものではありませんが、現在大気中に0.04%しかないCO2が倍になったところで人体への影響は皆無です。温暖化にしても諸説あって定まっていません。この手の議論には政治的なものやポジショントークがあるので、今一信用出来ないのです。

いずれにしても温暖化に関しては人類にとっての喫緊の問題ではないと言えます。それより毎年何百万人も死んでいると言われる大気汚染を何とかする方が先決です。

そのためにしなければならない事は電力需要を直接増やすEV化ではなく、発電所や自動車、航空機、船舶から排出される有害物質の除去、つまりPMやNOX、SOX等の排出量規制である事は論を俟ちません。

それがある一定のレベルに達しないものは廃止するしかないのです。まず石炭火力発電はやめるべきです。次に石油、それらを天然ガスに置き換えるだけで、かなり改善されます。

その状態でのEVなら価値がないとは言いませんが、逆にそのレベルであれば汚染に関しては内燃機関も大差がないのです。むしろSOXでは圧倒的に有利です。但し、ディーゼルエンジンは除きます。

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結論としては、再生エネルギーによる発電や脱火力発電に成功した国はEV化が有効です。そうでない国は車外から充電をしない電動車、つまりハイブリッド車や天然ガスエンジン車を選択する事が大気汚染を軽減する近道なのです。

再生可能エネルギーや常温での核融合等の新技術が発電のメインになるまでは、発電は天然ガスがメイン、自動車はハイブリッド、特にエンジンを最も高効率で稼働出来るシリーズハイブリッドが、妥当な解ではないでしょうか。

シリーズハイブリッドの代表例としては日産ノート等の eパワー、ホンダ・アコード、インサイト等の i-MMDがあります。市街地走行が多い場合は日産方式、オールラウンドならホンダ方式が有効です。

テスラ? そうそう、最初はテスラのビジネスモデルの話でした。(笑)石炭、石油火力が総発電量の50%を超えるアメリカではEVは最新のハイブリッド車に劣ります。テスラのようなEVが増える程、大気汚染が原因で亡くなる人が増えるという訳です。

因に米国の発電による1kWh あたりのSOX 排出量は日本の8倍、NOX は2倍だそうです。他の先進国ではもっと酷いケースもあります。(東京電力の資料による)

EVは小型にすればする程そのメリットが増えるのですが、大型にしてしまってはコストと環境負荷が増えデメリットが増幅されます。存在意義が限りなく薄れるという訳です。

テスラより日本の軽自動車の方が余程クリーンだという事実を、東京でテスラに乗っている人たちは恐らく知らないのでしょう。アメリカで乗るよりは多少ましですが、バカ高い車両価格に見合ったものは何もありません。

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(テスラに近いコンセプトでデザインされたBattista / Pninfarina のデザイン 1900ps 2億円?のモンスターEV 限定150台の生産になる。)

そもそもあそこまでデカくして、さらに動力性能を誇りたいのであれば、数を取りに行くのは間違いです。上のスーパーEVのようなニッチマーケットで勝負すべきでした。それなら多少の生存空間もあるというのに、欲をかいては虻蜂取らずで滅亡あるのみです。

テスラというビジネスモデルは70年代までのアメ車を彷彿とさせます。爆食いの恐竜には絶滅の未来しかないのですが、同じ間違いは繰り返されるようです。

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2019年3月13日 (水)

一見成功したかに見える、テスラというビジネスモデル

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 最近東京の街を歩いていると、見慣れないマークの車に遭遇する機会が増えた事に気がつきます。米製EV、テスラが随分と目につくようになったのです。その、ちょっと先進的で無国籍なデザインは日本人にも受け入れられたように見えます。

今はデカいセダンのモデルSと、さらにデカいSUVのモデルXだけですが、近い内に日本車に近いサイズ、いわゆるDセグのモデル3も加わるようです。モデル3は500~700万円程度で比較的割安ですが、モデルSは1000万円前後、Xだと1300万円前後というベンツの最上級にも匹敵する高額車です。色々な意味で驚きを禁じえません。

私の想像に過ぎませんが、この車のユーザーは恐らく、環境性能、自動運転?などの先進性、あるいはEV独特の加速や乗り味が気に入っての購入だと思われます。イーロン・マスクのファンもいるかもしれません。特にIT系企業の経営者ともなれば、そのライフスタイルにうってつけの車かもしれないのです。

これまでの、高級車と言えばベンツ、BMW、アウディ、国産ではレクサスあたりがポピュラーでした。それらが持つマンネリ感、おやじ臭さがない事も新鮮で、十分選ばれる理由になり得るのです。驚くべき事に米ではモデルSがベンツSクラスを抑え、そのクラストップの売れ行きだと言います。(下の表)

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これは画期的です。ベンツ神話の崩壊と言えるのではないでしょうか。日本では長年ダサイ、ガス爆食い、派手、などの理由で敬遠されて来た米車ですが、このままうまくいけば失地回復に繫がるのかもしれません。

往年のアメ車は素晴らしく立派でした。私なども子供の頃には憧れたものです。デカくて豪華なアメ車を所有するような身分になりたいと単純に思っていました。何と言っても真夏のクーラーの効きには驚嘆したのです。こんな贅沢な世界があるのかと。(笑)

時は流れ、二度のオイルショックや幾度かの経済危機を経て、デカさや派手さは影を潜めました。経済性が選択理由の上位を占める時代となり日本車が世界で活躍する条件が整ったのです。あの自動車王国のアメリカで日本車がシェア40%も占める時代が来るとは誰も予想しませんでした。

ところがさらに時代は動きます。オイルサンド等の出現で、今は経済性よりむしろ安全性に重きが置かれるようになったのです。次に環境性能でしょうか。特に米では大型化が進み、販売の主役はSUVがセダンに取って代わりました。そのシェアは60%にもなり、さらに勢いは増しています。

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(テスラのSUV モデルX 5Mを越す全長に2Mの全幅、重量は2.5トン、正にモンスターだ。)

環境問題に関してはカリフォルニアのZEV規制や中国のNEV規制などでEV化が急速に進んで来る事は間違いありません。欧州の主要国も電動化を宣言して方向性を明確にしました。その波は日本にも怒濤の如く押し寄せるのでしょうか。

ここまで読まれた方は、お前もついにEV化路線に宗旨替えしたか、とガッカリされたかも知れません。(笑)否、そんな事はないのです。ず~っと先の将来の事は分からないし考えたくもありませんが、少なくとも私の目の黒い内はEVの時代にはなりません。自信を持って言えます。

尤も、政治家達がおかしな選択をしなければという注釈は付きます。内燃機関廃止!とか言い出すとややこしいのです。そうではなく賢明で妥当性のある判断を、これからしていくだろうという前提での話です。

まず、この問題は地球単位で考える必要があります。それには非現実的な理想論でしかないパリ協定はともかくとして、実現可能な範囲で高い次元の妥協点が求められるのです。その先の事はその時に決めればいいのであって、今の時点で不確定な遠い未来の事を云々する意味はありません。

恐らくですが、今一番いいのは乗用車の個人所有をあるレベルで規制し、日本の様に公共の交通機関を充実させる事です。カーシェアリングも合理的な解と言えます。それでも人口増加や経済発展によって増えるであろう絶対量(CO2や汚染物質)をいかに抑え込むかという問題が残ります。

先進国の方向性は、好むと好まざるに関わらず電動化がある程度見えてきましたが、途上国はそういう訳にはいかないのです。ただでさえ供給が不足している電力を車に使う訳にはいかないので、ガソリン車メインにならざるを得ません。

途上国で電動化するにしても車外から充電の必要がないものに限ります。つまりハイブリッドです。それもストロングは技術、整備、インフラ等で非現実的なので、マイルドハイブリッドにいかざるを得ません。さらに今後熱効率が50%を超えるなら従来型内燃機関も未だ未だ使えます。

今後増々需要が増える電力に関しては期待の再生可能エネルギーは不安定さやコストがネックになるので、全てをそれに置き換えるとなると時間がかかります。それまでの繋ぎをどうするかによっては車の方向性も大きく変わって来るのです。

人命を尊重するなら脱石炭、脱石油しかありません。出来れば化石燃料系では一番クリーンで発電コストも低いと言われる天然ガス発電が望ましいのですが、搬送や冷凍保存には液化が必須で、そのために電力が大量に消費されるというパラドックスを解決しなければなりません。

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(発電別の大気汚染や事故による死亡率、圧倒的に石炭発電が不利である。天然ガスはバイオマスより死なないようだ。原子力が一番安全だというのに差別されているようで、新規の需要は少ない。)

ちょっと話が大きくなり過ぎて実は後悔しています。(笑)悪い癖とは言え、どうまとめるか不安になって来ました。こればかりは独断と偏見で、という訳にもいきません。少し時間が必要なので続きは次回とさせて下さい。

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2019年3月 9日 (土)

会社は誰のために存在するのか(後編)

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 前回の続きです。その村上氏が出ていた番組に、昔の仕事仲間からのコメントとしてホリエモンも出ていました。彼も同じような考え方の人ですが、私はこの人もよく理解出来ません。

なぜならあくまでも自己中心的だからです。例の事件で人に損害(実害)を与えたにも拘らず賠償したという話を聞いていません。またテレビのクイズ番組などで見かける姿にも反省の色は微塵も見えないのです。自分が何をやってきたのか、今一よく分かっていないのでしょうか。

さらに、基本的ものの考え方も一般人とはかけ離れています。彼が昔、テレ朝の朝まで生TVで言ったショッキングな言葉が忘れられません。「尖閣諸島なんて中国にあげればいいじゃない」さらに「国境など必要ない」と堂々と言うのです。とても良識ある大人の発言とは思えません。

この考えの根底にはグローバリズムがあります。金融資本が世界を自由に闊歩するためのプロパガンダとして使われているこの言葉は、理想主義的な響きを持ちます。それに簡単に乗せられる人がマスコミ始めとして多いのですが、反対語をナショナリズムとするからややこしくなるのです。

その言葉は戦前を想起させます。力を持つ先進国が国益優先で武力を競い合い、最後には世界大戦を引き起こしました。悪夢のような時代ですが、そのせいもあってナショナリズム=戦争という図式が多くの人にインプットされています。それよりはグローバリズムがましと考えても仕方がありません。

そんな過激な事ではなく、グローバリズム(世界共産主義)の反対語はアイデンティティ・プライオリティと考えるべきです。個性尊重とでも訳しておきましょうか。グローバリズムも没アイデンティティ化とする方が分かり易いです。

色々な国があって色々な考え方の人がいる世界を一つのルールでまとめようというのですから、国ごとのアイデンティティなんて邪魔以外の何ものでもありません。それをなくさない限り世界を一つにまとめる事なんて出来ないのです。

そのルールを具体的に言うとこういう事です。国境は邪魔になるからいらない。お金も統一した方がいい。各国毎の法律も必要ない。何事にも世界標準を定めればいい。しかし、そうする事によって一番メリットを受けるのは今で言うところの金融資本始めとする多国籍企業です。凄く仕事がしやすくなります。

という事は逆に言うと民主主義が損なわれる事を意味するのですが、グローバリズムの信奉者はそこに考えが及びません。企業の利益が最大化されるなら必然消費者の利益はその分ないがしろにされます。

守るべきファイアーウォルとしての規制(法律)がない、あるいはルールが世界で統一されるのですから当然です。一地域の都合なんて一々聞いてはくれません。

ホリエモンや村上氏はそういう意味では日本人ではないのでしょう。グローバリストと言った方が分かり易いです。彼らの意識は常に世界に向かっていて世界を相手に何かをしているつもりかもしれません。

そう考えると彼らの言動が少し腑に落ちます。世界に溢れている巨額なマネーの、ほんの一部を自分のものにしても世界から見れば大した事ではありません。

しかし彼らが例の騒動当時、現実に動いていたのは国境を有する日本でした。日本の中で、大して大きいとも言えない一企業を相手に自己の利益最大化作業を行っていた訳で、廻りから見ると金の亡者にしか見えなかったのですが、そこは都合よく理想論をぶち上げ、ケムに巻くという訳です。

ホリエモンはそのテレビ番組で村上氏の事をA面とB面を併せ持つ人だと言っていました。A面はもの言う株主として企業に理想論を言って改革を迫る姿です。B面はいみじくも(カネ、カネ、カネ)と言っていましたが、カネの亡者と認めているのでしょうか。

しかしこのA面も私に言わせると自分の行為を正当化するためのエクスキューズに過ぎないのです。ある企業の株主総会で「巨額な内部留保を活用するのが株主に対する責任だ。溜め込んだ資金を死に金にしてはいけない」という意味の事を言っていましたが、その企業にすれば大きなお世話です。

じゃあ、君が溜め込んでいる巨額な資金は君が桁外れな贅沢をする事以外、何か有益な事に使っているのかと言いたくなります。決してルサンチマンで言っている訳ではないのでそこのところ誤解なきようお願い致します。(笑)

確かに羨ましいと思う事もありますが、背負い込むものが大き過ぎます。もっと貧乏でもいいから肩の荷を降ろして人生を楽しみたいというのが本音です。あくまでも一小市民の個人的見解です。

まとめに入りますが、金融主導の間違った方向性を認めてしまった世界は非常に危険な状態にあります。桁外れの資金を持つ資本家が好き勝手出来る世の中になってしまったのです。お金は経済の主役ではないにも関わらず、それを集める事が上手な人に権力が集中してしまいます。

健全な世界とは、付加価値を段階的に高め地球と共存しながら人類の幸福を最大化する世界です。一定の付加価値を維持するという考え方もあるのかもしれませんが、それでは人類に生まれて来た甲斐がないというものです。人類の歴史はたゆまなく続く付加価値創造、すなわち夢の実現と生産性向上の歴史です。

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(実際に子供に10万円を与え、投資の練習をさせている)

それさえ遅滞なく遂行出来るならお金は最小限が望ましいのです。変な色気を出さないためにもそれがいいに決まっています。村上氏は子供達を集めて投資教室を開いていましたが、言語道断と言うしかありません。働かずしてお金が得られるなら誰も額に汗しなくなります。

子供には絶対教えてはいけないのが、この手の楽して儲ける方法です。それが分からない時点でアウトです。日本には絶対に必要のない人だという事を自ら証明してしまいました。

付加価値創造とは縁のない投資家はマネーストックでさえ増やす事が出来ません。お金を右から左へと動かすだけです。という事は彼らが栄える事は世界が保有するマネーの、投資家取り分比率が上がる事を意味します。

つまり投資家はマクロの視点で見れば企業や一般市民の敵でしかないのです。投資家と企業、一般市民は理論的に言っても共存出来ません。マネーストックが一定なら、どちらかが儲かればどちらかが損をする関係です。その結果埋め難い格差が世界に広がりました。

因に銀行が企業に融資するのはマネーストックをダイレクトに増やすので共存共栄が可能という訳です。そういう意味でも投資家や投資銀行は人類のために必要でないものですが、なぜか米などで大きな顔をしています。不思議な現象と言えます。

会社には付加価値を創造する社員がいてビジョンを示すトップがいるだけで他に何が必要でしょうか。お金は必要なだけ政府、あるいは銀行が融資すればいいのです。

その結果、ダメな会社は潰れ、有能な会社は生き残る、それだけの事です。そういう意味で株式制度は廃止すべきというのが私の持論です。会社はあくまでも従業員と経営者のものです。

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2019年3月 7日 (木)

会社は誰のために存在するのか(前編)

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 10億円という妥当?な保釈金を積んで、ついにゴーン氏が保釈されました。日本の司法が海外メディアなどからの批判に抗しきれなかったのでは?とも言われていますが、もしそうだとすれば、なんて弱腰なんでしょうか。

主権国家としてあるまじきと言えます。日本式がベストかどうかはともかくとして、急に方向転換は出来ないし、その必要性もよく吟味しなければなりません。従って今は粛々と日本流を貫くのみです。外圧にあたふたする様子を見せる事は決して得策とは思えません。

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(日産は徹底抗戦の構えだという、三菱もまた独自性の維持を譲らない。神通力の消えた黄昏おやじに何ができるだろうか。)

日本人は海外、特に欧米に対しては弱腰が目立ちます。何がそうさせるのでしょうか、私には理解不能です。そもそも世界中を植民地化し、その富を収奪して発展して来たのが欧米です。今では正義の味方のような顔をしていますが、言わば押し入り強盗の子孫なのです。

さらに、最近では排ガス不正で世界に迷惑をかけ、自らが住む欧州の空を北京より汚しました。そのせいで何万人という犠牲者まで出して来たというのに、逮捕者一人出していません。どう見ても司法が機能しているとは言い難いのです。

件のゴーン氏だってルノーでは排ガス不正を見て見ぬ振りをして来た経営者の一人です。その件でも訴追されて当然と言えますが、なぜかドイツもこいつも、ではなく(笑)ドイツもフランスも誰かが責任を取った形跡はありません。メディアによる追究も生温いと見えます。

そんな連中が日本の司法を批判するなど片腹痛いです。どの面下げてそんな事が言えるのか盗人猛々しいと言うしかありません。人の国を批判する暇があったら、まず自分たちの国を何とかしろと言いたいです。いずれにしても彼らに人権問題でとやかく言われる筋合いはありません。

ところで盗人猛々しいと言えば、例のガマガエルのような政治家が今上天皇に対して不敬発言をした話、とは違って(笑)先日テレ東の番組に村上世彰氏が出ていました。昔インサイダー取引で有罪となり、シンガポールへ逃げるように居を移した人がまた表舞台に立っているのです。

彼は今日本にもプール付きの豪邸を持ち、投資の指導他、色々な活動をしているようです。車はベントレーと来ました。妬ましいような腹立たしいような。。(笑)

最近は他人の資金を預かるファンドマネージャーはやめて、自分のためだけの投資活動をしていると言います。そこまでなら特に何も言う事はなかったのですが、彼の次の発言を聞いてひっくり返りました。昔の反省の弁「自分を見失ってやり過ぎてしまった。」は本心ではなかったと言うのです。

「全くそんな事は思っていない。そもそも安いものを高く売るのがビジネスであって、そうでないビジネスがどこの世界にあるのか」とMK5的強弁をするのです。60歳近くにもなって世の中の仕組みが分かっていないと見えます。

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   (シンガポールの豪邸/イメージ画像)

禿鷹ファンドが嫌われるのは、映画プリティウーマンでも描かれていたように、狙った会社を有無を言わせない敵対的買収で乗っ取り、相手構わず高値で売り抜けるからで、そこに大義やビジョンはなく、付加価値の入る余地さえないのです。後は野となれ山となれの自己中的欧米型ビジネスモデルと言わざるを得ません。

そもそも、こういうやり方は正常な投資活動の灰汁とでも言いましょうか、ルールの抜け穴を悪用する行為でしかなく、良識ある大人のやる事ではありません。ゴーン氏と同じで法律にさえ触れなければ何をやってもいいという考え方です。

その、結果に責任を負わない行為が倫理的、あるいは経済的論理としても通用する筈がありません。皆がそういう考え方だと社会が成り立たないからです。それが分からない感性なら集団活動は出来ません。やはり島流しか、どこか遠くに隔離しなければならないでしょう。(笑)

それにしても、お金を扱っていながら、お金の事をよく理解していないというのはどういう事でしょうか。問題の多い金融はともかくとしても経済の事もよく理解していないのですから、そもそもお金とは何ぞやから始めなくてはなりません。

お金とはものを流通させる手段です。つまり経済の主役ではないのです。元々は借用書でした。物々交換の時に足りない量を後に納品するという約束の証書です。主役はあくまでも人間が作り出す価値あるもの、すなわち付加価値創造なのです。

それが増えればお金も増やす必要がある訳で、今の金融システムは資金供給を円滑に行うために考案されました。それが時代の変遷に連れどんどん変化して来たのです。今や無制限に増やす事が可能になり、一部の人々はそのお金の奴隷に成り下がっています。

法にさえ触れなければ個人が際限なく保有出来るのですから、お金は必然ずる賢い人間の下に集まって来ます。その結果、資金力にものを言わせて会社の姿形、さらに法律さえも変えてしまうのですから恐ろしい時代になりました。

え〜また取り留めなく長くなりましたので、続きは次回とします。

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2019年3月 1日 (金)

主権国家としての条件

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 最近、MMT(Modern Monetary Theory)という理論がアメリカで話題になっている。かつてはそれをトンデモ経済学として嘲笑していたクルーグマンも、それをまじめに検討している。これは単なるアカデミックな話題ではなく、日本の財政を考える上でも重要である。(中略)

MMTの元祖とされるのはアバ・ラーナーで、彼の内国債は将来世代の負担にならないという議論は、今も使われることがある。国内の資源は、国債発行で増えも減りもしない。政府の借金は国債を買った人の資産なので、国債が将来世代に相続されるなら国民全体としてはプラマイゼロだ。

国債をすべて償還する必要もない。名目金利が名目成長率より低ければ政府債務は発散しないので、国債を借り換えれば増税しなくてもいい。もちろん永遠に借り換えることはできないが、償還が100年後なら大した問題ではない。(池田信夫 2月25日のアゴラの記事)


 ついにこの頑固おやじも変節せざるを得なくなったようです。昔はテレビなどで財政破綻論をヒステリックに展開していましたが、多勢に無勢状態になったと見えます。元々頭の良い方なので、当然と言えば当然です。それにしても随分時間がかかりました。

この内容、前回記事にも書きましたが、国全体のバランスシートの概念があればすぐに理解出来る筈です。すなわち、国民にも政府にも資産があり、また同時に負債も有します。一国単位で見た場合はトータルがプラマイゼロになるので、政府債務だけを取り上げて問題にするのはナンセンスなのです。

国が成長過程にあって国民が積極的に借金(設備投資)をする場合は税収が増えるしマネーストックも増えるので政府が負債を増やす必要はありません。逆の場合、日本の様に成長が鈍化して金余りなら国民は積極的に借金をしないので、その代わりに政府が負債を増やさざるを得ないという訳です。

そうしないと成長に見合った分のマネーストックの伸びが得られません。ただそれだけのシンプルな話なのです。ただこの問題、海外が絡むと全く様相が違って来ます。つまり国内ならいくら利息を払っても循環するというメリットがありますが、海外からの借金なら出て行く一方で、利払い負担が重荷になります。

さらに元金の取り立てもシビアです。返済が遅れるとデフォルト(債務不履行)という不名誉な事になり信用ががた落ちします。最近では韓国やギリシャが有名ですが、経常収支の赤字から来る外貨不足が原因でした。

さて、その具体的数字ですが、どこで判断が出来るかと言うと、下に示したような日本国全体のバランスシートを見れば一目瞭然です。右側の負債の部に純資産があればプラス、左側(資産)に純負債があればマイナス、つまり海外に対する借金が海外に対する資産を上回るという事になります。
201808131

  (日本全体のバランスシート 2018年時点)

日本の場合は資産が負債を上回りますから、右側に純資産が計上されます。それは世界最大で300兆円(=対外純資産)を超しますから、決算書としては凄く優等生と言えるのです。従ってデフォルトなどしようがありません。

むしろ、そこから生まれる所得収支の黒字は年々増える一方なので、多少貿易赤字が出ようが何の問題もないとさえ言えるのです。いや、外貨が貯まり過ぎるのは、逆に言うと赤字国を作る事になり、摩擦の原因にもなるので、やり過ぎるのは感心したものではありません。

いずれにしても、こういうマクロ的視野がマスコミや政府関係者だけでなく、一部のエコノミストにもないのが大問題なのですが、それも少しづつ変わって来ているようです。つまり池田氏のように財政破綻論者は減る傾向にあるのです。

ではこの考え方がどの国にも当てはまるかと言うと、それは違います。ヨーロッパ(EU)の場合は自国の意思では通貨だけでなく国債も発行出来ないので、必然、緊縮財政にならざるを得ません。ECBは積極財政には後ろ向きなので伸びる国の芽を摘んでしまう事の方が多いのではないでしょうか。

中国はデタラメな程の積極財政なので、もうダメだろうと何度言われてもなかなか破綻には至りません。でもそれをする事によって中身がどんどん薄まりますから、徐々に存在感が低下し、景気も後退して行く事は確かでしょう。

元々味が薄い鍋に水(信用のないお金)をどんどん注いでいる訳ですから、暖めるだけでも時間がかかり、終いには具がふやけてスープの味もなくなるのです。そうなると具がどんどん逃げ出します。

日本も同じだなんて言ってはいけませんよ。(笑)日本の場合は美味しい具が一杯詰まっている鍋が煮詰まり過ぎたのでお湯(信用力のある資金)を足しているのです。煮詰まった状態=デフレです。反対に薄まった場合がインフレと思えば分かり易いでしょう。

日本の場合、そのお湯を足すのが政府であろうが国民であろうが、そんなものはどちらでも良いのです。いずれにしても迅速な手当が必要です。折角の美味しい鍋も煮詰め過ぎては食えなくなるからです。

因に量的緩和だけではお湯は足せません。それに加えて財政出動が必要なのですが、財政再建派が幅を利かせているので、その方法が採れないもどかしさが続いているのが日本です。アベノミクスは宙ぶらりん状態だと言っておきましょう。

ところで米ですが、FRBのパウエル議長が26日に米政府の債務が持続可能ではないので財政再建せよと言い出しました。米国はいくらでも基軸通貨であるドルが刷れるのに、なぜでしょうか。

確かに22兆ドルは巨額ですが、半分くらいはFRBが保有しているし、世界にばらまいた分に関しても、ある程度の米の成長があって、世界も成長する限りドルが還流する循環を作れるので基本的には問題はない筈です。

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【ワシントン=河浪武史】米連邦準備理事会(FRB)のパウエル議長は26日、米上院銀行委員会での議会証言で「連邦政府の債務が持続不可能な経路をたどっていることは、広く認められることだ」と述べ、議会に財政再建を急ぐよう求めた。3月2日には政府債務が法定上限に到達するが、同氏は「議会が上限の引き上げに失敗すれば、大きな不確実性が生じる」と警鐘を鳴らした。

実は米は日本同様、主権を持った独立国家とは言えないのです。主権国家とは文字通り誰からも制約を受けず、主権を完全に行使出来る国の事です。つまり自分の事は自分で決められる国の事なのです。通貨発行然りです。それが出来ないなら世界にデカい顔は出来ません。

米の場合の中央銀行(FRB)は政府機関ではなく、民間銀行だと言います。しかも外国籍の株主が大半を占めるのです。という事は米政府が国債を発行してFRBに売れば売る程海外に対する借金が増える事になるのです。これではとても持続可能とは言えません。

日本の場合、一応日銀は政府機関なので体裁は保てますが、一部の海外株主の意向を強く反映している事も確かなようです。だから根も葉もない財政破綻論が出てくるのかも知れません。

これら株主情報は秘匿されているので詳しい事は分かりませんが、日本の景気が良くなると困る人達が一定数いるのは確かなようです。そう考えると日本に色々起こる不思議な事にも納得がいきます。

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