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2019年4月

2019年4月 9日 (火)

新元号に因み、日本人のルーツに思いを馳せる(後編)

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 前回からの続きです。

 前回の話では一気に1000年以上も駆け抜けましたが、その間の出来事を伝えるものとして日本に残っている文献は古事記と日本書紀くらいしかありません。それらが編纂されたのは奈良時代ですから、人類の長い歴史から言えば、つい最近なのです。(笑)

しかもそれらは権力者(天皇)の命を受け、チェックを受けながらの編纂ですから修正や加筆の山であった事は想像に難くありません。つまり、権力者にとって都合よく書かれているという事です。従って書かれている事を鵜呑みにする事は出来ないのです。

必然神話的要素がそこに介入して来ます。それは事実を元に大袈裟に表現されたものだとしても、歴史としての信憑性を担保するものにはなりません。何が言いたいのかと言いますと、物的エビデンスが残る仁徳天皇以前は、やはり米軍が言うように、ファンタジーであった可能性を否定出来ないという事です。普通に考えるとそうなります。

しかし、もしそうなら記紀と旧約聖書間に存在する、偶然というにはあまりにも出来過ぎの多くの共通点はなぜ?という疑問が残るのです。情報伝達が今のように瞬間的に出来るなら話は別ですが、やはり腑に落ちません。そこで導き出される妥当性のある解は、実は仁徳天皇以前は他国での出来事ではなかったかという事です。

つまり同じ民族が別の場所で経験した事と日本へ移ってからの事を、ひとつの連続した物語として記紀に書き表したのだとすれば辻褄が合って来ます。その人達(権力者)にとっては、その歴史がどこで作られたかは大した問題ではないのです。

あるいは別の場所での歴史を、先住民や後世の国民には知られたくなかったという事も考えられます。その国にはるか昔から存在していた方が、被支配者に対して神秘性が演出しやすく、支配者として君臨する根拠、正当性を訴え易いのです。つまり権力者にとって都合がいい訳です。

実際の話として3世紀後半に秦氏が日本に上陸するまでの日本は大した国ではありませんでした。人口も縄文時代はせいぜい20数万人、弥生時代にかなり増えたと言ったも60万人にも届かず、他国と戦った経験もないひ弱な国?だった訳です。

そこにユーラシア大陸を、半分戦いながら横断して来た猛者軍団が押し寄せて来ればひとたまりもありません。移動の途中、行く先々で勝利を勝ち取らなければ、とても東の果てまで大民族が辿り着く事など出来ないのですから世界最強の民族と言ってもいいでしょう。

余談になりますが、シュメール人が歴史の舞台から忽然と姿を消したのは、ヒッタイト人と同化したからではないか、という説があります。鉄器を発明し、色々な面で頭角を現していたヒッタイト人がユダヤ人のルーツだとすれば、ユーラシア大陸を無事に横断して来るのも納得です。

さらに移動の途中で、勇猛果敢で有名な騎馬民族スキタイと何らかの関係(同盟?同化?)があった、となれば鬼に金棒です。実際、秦氏は3世紀後半から10〜19万人レベルで渡来して来たと言います。しかも日本には居なかったとされる馬付きで、さらに経済力があり、治水、土 木、建築、養蚕、機械等の技術者集団帯同です。

しかし、それだけの実力者集団なら平和裏に上陸して来るというのは信じ難い事です。当時としては、ひ弱な先住民を発見したなら征服して当然ではないでしょうか。そうしなかったのは既に日本に同化した先発部隊が居て、その情報が彼らの一時的居留地域であった朝鮮半島(新羅?)に伝わっていたからではないでしょうか。

あるいはそうではなく、よくあるように先住民(倭人)を一気に蹴散らしたのかもしれません。いずれにしても確かな事は分かっていないようです。それも含め、仁徳天皇の墓を発掘すれば新しい事実が出る事は確実視されていますが、なぜか宮内庁が許可しないと言います。世界唯一の万世一系と言われる天皇家の歴史に関しては秘密にしておきたい事が多々あるのでしょう。

秦氏渡来以降の天皇の墓は巨大化し副葬品の数、種類(新たに馬具が加わる)も桁違いになりました。さらに青銅から鉄文化へ移行し、朝鮮半島からの人の激しい流入もあって、古墳時代には人口を500万人も増やしたというのですから半端ではありません。自然増加のペースをはるかに上回ります。

日本各地に何千という神社を建立し、大和朝廷樹立にも多大な貢献をした秦氏は平安京(ヘブライ語でエルサレム)の立役者となっていくのです。この時期、日本は劇的に代わり、まるで明治維新のように強国への道を歩み始めます。

ところでこの秦氏、実は秦の始皇帝の末裔だと言われています。それまでの中国文化とは異質な国家を築いた秦の始皇帝に関しては諸説ありますが、外見が漢人とはまるで違っていたらしく、こちらも失われた12支族の一派と考えれば脈絡が合って来るのです。

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その根拠のひとつに兵馬俑があります。等身大でリアルな造形の俑はそれ以前には出土しておらず、それ以降もないと言うのです。さらに始皇帝の功績のひとつに漢字の統一がありますが、そもそも漢字の起源もシュメール語だとすれば、日本のヘブライ語と共通性が見られる神代文字との関連性も含め大変興味深い話になります。

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いずれにしても日本と古代ユダヤとの関係が、全くないなどと言えるものではない事は明らかです。縄文人社会に割って入った実力者達が、最初は力で押しのけながらも、次第に融和、同化していった事は間違いないのではないでしょうか。

なぜならヘブライ語の形跡が認められる日本語が現在3000以上もあるというのに、決してヘブライ語社会にはならず、世界に例のない日本独自の文化を育んで来たからです。それは恐らく、自然が豊かな、丁度いいサイズの島国という環境のなせる技なのかもしれません。

我々日本人がやるべき事は、この万世一系の天皇家と、その根拠となる世界に希な男系Y染色体にあるYAP遺伝子(親切遺伝子と言われる/古代ユダヤ人由来)を守っていく事です。日本人が日本人であるためにも、そうすべきではないでしょうか。

最後に古代イスラエルと日本の共通性を示す資料を追加しておきます。

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(鳥居はヘブライ語で門、エジプト脱出前に魔除けとして羊の血を塗った事で赤くなった)

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(熊本県南小国町で発見されたシュメール文字/ペトログラフ)

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(京都の祇園祭の7月17日はノアの方舟がアララト山に漂着した日、ジオン祭とダブる。山車はノアの方舟か?)

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(伊勢神宮にある石灯籠にはダビデの六芒星が刻まれている。菊の紋章も実はバビロン由来で太陽を表す。現ユダヤ教の教会であるシナゴーグににも観られる。下)

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(古代イスラエルの神社と日本の神社は様式が同じ、神道の起源はユダヤ教か)

その他、日本には沢山の古代イスラエルの痕跡が残っていますが、ヘブライ語でしか意味が分からないハッケヨイノコッタ(ヘブライ語で撃て、やっつけろ)の相撲もユダヤ教の神事だと言われています。

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2019年4月 5日 (金)

新元号に因み、日本人のルーツに思いを馳せる(中編)

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 前回からの続きです。

 一言でユダヤ人と言いますが、実はユダヤ人には大別して二種類あります。ひとつはBC13世紀頃、古代エジプトからモーゼに導かれシナイ山を経由、パレスチナ(今のイスラエル)まで旅をしたアジア系の民族で、そのルーツはメソポタミア文明を築いたシュメール人だと言われています。

今ではユダヤ人と呼ばれる人の10%程に過ぎませんが当時はその人達(ヘブライ人)が全てで一説によると数百万人もいたと言うのです。このヘブライの始祖と言われるアブラハムの子孫、12支族の人達をスファラディ系ユダヤ人と言います。正しくはこの中のユダ族に限ってユダヤ人と呼ぶそうですが、いまは全ての支族をそう呼んでいるようです。

ユダ族以外は正しく呼ぶならヘブライ人かイスラエル人で、イエスキリストも同じ血筋だと言われています。すなわちキリストはハリウッド映画で観るような白人ではなかったのです。尤も、メソポタミア南部バビロニアのアッカド人、シュメール人がそもそも色の浅黒いアジア人ですから、当然そうなります。

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(英国BBC放送が発表した復元されたイエスキリストの顔) 

そういう古代歴史ものを白人主体で描いたハリウッド映画は虚像(ファンタジー)でしかありません。ハリウッド映画の大半はプロパガンダ用なのです。白人至上主義と自分たちの行為を正当化するためのツールです。

もうひとつ、アシュケナージ(ヘブライ語でドイツを意味する)と呼ばれるユダヤ人がいますが、こちらは白人が主体になります。偽ユダヤとも言われるアシュケナージのルーツは8世紀に突然ユダヤ教に改宗したとされるハザール王国です。ユダヤ人の定義はユダヤ教の人という事らしいので、そういう意味では一概に偽と断じる事は出来ません。

しかしながら紀元前10世紀頃に建国された古代イスラエル王国とは全く関係のない人達である事は明白です。1800年かけて白人にすり変わったなどという事は考えられません。にも関わらず、その人達は第二次大戦後帰るべき祖国としてパレスチナに大挙押し寄せて来たのです。しかもパレスチナと敵対しています。歴史を塗り替えようとでもしているのでしょうか。

つまり近代史に出て来る金儲けが上手く、ナチに迫害されたユダヤ人は10世紀頃にロシアに滅ぼされ、世界に散って行ったハザール系が主体のコーカソイドなのです。ユダヤ人と言えば俳優のナタリー・ポートマンやマイケル・ダグラスが思い浮かびますが、こういうイメージは戦略的に作られたものかもしれません。

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(レオンやスターウォーズでお馴染みのナタリー・ポートマン)

では10%まで減ってしまったアジア系ユダヤ人はと言うと、現代ユダヤ人社会では白人より格下に見られていると言います。尤もアヘン王と言われ上海屈指の豪商サッスーン一族はスファラディ系のユダヤ人だと言いますから、全く存在感がなかった訳でもなさそうです。商売は、やはりうまかったのでしょうか。

さて、そこで古代イスラエル人がなぜ40年もかけ苦労して辿り着いたイスラエルに定住しなかったのかという疑問が湧きます。ダビデ王によって統一された統一イスラエル王国は、息子のソロモン王の時代に隆盛を極めました。ところがソロモン王の死後BC930年に求心力を失ったイスラエルは内乱を起こし北と南に分裂する事になるのです。

後に偶像崇拝に堕落した北イスラエル王国と、まだ健全さを維持していたと言われる南イスラエル、ユダ王国です。北が10支族、南が2支族プラスワンで構成されます。いずれもヘブライの始祖アブラハムの孫であるヤコブの12人の息子の末裔達です。

堕落した北イスラエル王国はBC722年にアッシリアに滅ぼされる事になります。捕囚は2万7千人に上りアッシリアに連行されました。(ニネベ捕囚)続いて南もBC586年に新バビロニア王国によって滅ぼされますが、多くのユダヤ人はバビロンの捕囚となりバビロンへ強制的に移住させられる羽目に陥るのです。

その後、よく耳にする歴史上から忽然と消え去った「イスラエルの失われた10支族」または南も含め12支族の東進が始まるのですが、ペルシャによってアッシリアや新バビロニア王国から解放され一時はイスラエルに戻り、ユダヤ教も確立されたというのになぜ流浪の民になったのかは謎です。

旧約聖書外典のエズラ第2章、第13章には「イスラエルから離反した民は異教徒から逃れ、人がかつて住んだ事のない東の地へ行き、故国で守れなかった律法を守るためにユーラシア大陸を横断した。」と書かれていると言います。恐らく一部の人たちを除いて大多数の人は新天地を目指したのかもしれません。

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(BC8世紀からBC3世紀にかけてウクライナを中心に活動していたイラン系遊牧騎馬民族スキタイ)

移動の途中、勇猛果敢な騎馬民族スキタイや匈奴など現地の民族と融合したり戦ったりと、紆余曲折はあったものの数百年という歳月をかけて目的であった東方の日出ずる国(ミズホラ)に辿りつく事になります。その時期に関しては諸説ありますが、神武天皇が即位したと言われるBC660年ではあまりにも早過ぎるのです。

特に南ユダ王国の2支族の場合はタイミング的に不可能です。ところがある説では日本の天皇は南由来だというのですから、訳が分かりません。一方、北の10支族出身という説もあるそうです。それなら超特急で移動すれば可能かも知れませんが、あの時代、民族大移動がそう簡単に出来るとは思えないのです。

という事は戦後調査をした米軍が言うように、日本史上に於いて実在が確定されている仁徳天皇以前の日本史は神話に過ぎない可能性が大です。やはりファンタジーか?(笑)それまでの渡来人、主に弥生人は朝鮮人や中国人主体でユダヤ人ではなかったと思われます。日ユ同祖論が少し胡散臭いものに思えて来ました。(笑)

ところが弥生以降の日本史をよく見ていくとある事に気がつくのです。突如として大異変が起きます。基本的には穏やかで武器も持たなかった縄文人が、粗暴な弥生人の脅威にさらされるのはBC3世紀頃から紀元後の3世紀まででした。発掘された人骨に刀傷が発見されるようになるのもこの時代です。

いや、私はこの程度を大異変とは言いません。3世紀以降に、もっと劇的な変化が日本に起こるのですが、それはまた次回とさせて下さい。いや~本当に歴史は面白いですね。ロマンがあります。


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2019年4月 3日 (水)

新元号に因み、日本人のルーツに思いを馳せる(前編)

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 新元号が令和と発表され、意外なほどの大騒ぎになっているようです。号外が飛ぶように売れ、それがネットで高値で売られたりしています。その点だけを見ればおかしな人達だなと思いますが、それらも含め時代の変遷を感じざるを得ません。

ともあれこの元号、概して好評で国民にすんなり受け入れられそうな気配です。私の第一印象は、涼しそうで何かもの足りなく感じましたが、よくよく考えると割といいのかもしれません。少なくとも前三代の元号に比べれば、はるかにお洒落で上品な感じはします。

明治は頭が良さそうで、いかにも新しい時代を予感させるのですが、次の大正、昭和は正直野暮ったいです。さらに平成の発表の時にはガッカリしたものです。想像力のなさというか、無難な感じしかなくて親しみが持てませんでした。決して天皇陛下に対してそういう感情を持った訳ではありませんので念のため。。

ところがこのかなりいけてる令和にイチャモンをつける勢力がいるのです。分かり易い構図ですがリベラルや左翼(日本では同じか?)あるいは在日外国人には不評なようです。極端な例はこれを機会に廃止しろという人さえいます。日本が日本らしくある事がいやなのか、あるいは「郷に入れば郷に従え」という諺を知らないのでしょうか。

海外メディアも似たようなもので、日本の保守化、酷いのになると歴史修正主義への傾斜を懸念するものもありました。特に欧米メディアですが、なぜか日本の保守化を忌み嫌うようです。自分たちは思い切り保守的、いや右翼的であるにも関わらずです。


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それにしても歴史修正主義とはよく言えたものです。盗人猛々しいと言うしかありません。自分たちの血塗られた植民地支配(コロナイゼーション)は棚に上げて、日本の世界にも希有と言える穏健、平和的であった統治を全く別なものに変えたのは欧米、特にアメリカです。それに便乗したのが中国韓国でゆすりのネタにしてしまいました。

さらに極東軍事裁判で米国はとても公平とは言い難い判決により多くの無実の日本人を処刑したのです。戦勝国だからと言って好き勝手する事は許されません。後世に汚点を残すリスクを考えない行為は先進国としての資質を疑います。その後も改める素振りは微塵も見えないのですからブラック大国と言えるでしょう。

まあいいです。言いたい人には言わせておけば、所詮は無知と謂れなき反日脳のなせる技です。ところで今回の元号、西暦に変換するのが非常に楽です。018で「れいわ」ですから、18を足せば西暦になります。例えば令和2年は18を足して2020年です。

さて、この元号ですが、基本的に天皇の数だけある筈です。123人が即位されたという事は123の元号がある訳です。と思って調べてみると元号制定は7世紀の大化からになっているようです。実は初代、BC660年の神武天皇即位以来1300年もの間、元号はなかったのです。

ところで天皇の事をスメラミコトというのはご存知の方も多いのではないでしょうか。なぜ横文字風?という疑問が湧きます。調べると興味深い事実が分かって来ました。スメラミコトのスメラは一説によると古代北イスラエルの首都サマリアを意味するそうです。

ミコトは尊いお方、ですから北イスラエルの尊い人という事になります。??さらに神武天皇の正式名は「カム・ヤマト・イワレ・ビコ・スメラ・ミコト」だそうですが、ヘブライ語で「サマリアの皇帝、神のヘブライ民族の高尚な創設者」という意味になるのです。
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(神武天皇)

なぜイスラエルと天皇が関係あるのか、これに関しては話を慎重に進めなければなりません。以前ある集まりで誰かが「日ユ同祖論を知っていますか?」と言うので、「有名な話ですよね。」と私が答えたところ、もう一人の人が「ファンタジー〜」と言って笑ったのです。(笑)

まるで韓国人がよく言うようなファンタジー物語じゃないか、と思われるのもしゃくなので、その話は打ち切りましたが、全く想像もつかないというのが日本人の大多数だと思われます。ところがこの話、真面目に調べている人が世界中にいるのです。

尤も、世界と言ってもアメリカやイスラエルが中心になりますが、日本でも戦前には盛んに研究されていて書物も沢山あったと言います。大戦後米軍がやってきて組織的な調査があり、それら書物は焚書にされたと言うのですからビックリです。何か隠したい都合の悪い事でもあったのでしょうか。

その米軍による調査は一部明らかにされていて、日本の古代史に関する記述があるそうです。それによると神武天皇に始まる古事記、日本書紀に書かれている事は神話に過ぎず、仁徳天皇以後が実際の歴史であると言うのです。おっとっと〜、そう来たか。(笑)

ところで日ユ同祖論を研究しているユダヤ人言語学者のヨセフ・アイデルバーグ氏によると、古事記、日本書紀に書かれている内容は旧約聖書と共通する部分が多いのだそうです。。。

ここまで来るとバカバカしくて読む気がしないと思われる方が多いかと思われますが、まあそう言わずにもう少しお付き合い下さい。と言いながらも、残念な事に長くなりましたので続きは次回にします。乞うご期待!

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