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2019年4月 5日 (金)

新元号に因み、日本人のルーツに思いを馳せる(中編)

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 前回からの続きです。

 一言でユダヤ人と言いますが、実はユダヤ人には大別して二種類あります。ひとつはBC13世紀頃、古代エジプトからモーゼに導かれシナイ山を経由、パレスチナ(今のイスラエル)まで旅をしたアジア系の民族で、そのルーツはメソポタミア文明を築いたシュメール人だと言われています。

今ではユダヤ人と呼ばれる人の10%程に過ぎませんが当時はその人達(ヘブライ人)が全てで一説によると数百万人もいたと言うのです。このヘブライの始祖と言われるアブラハムの子孫、12支族の人達をスファラディ系ユダヤ人と言います。正しくはこの中のユダ族に限ってユダヤ人と呼ぶそうですが、いまは全ての支族をそう呼んでいるようです。

ユダ族以外は正しく呼ぶならヘブライ人かイスラエル人で、イエスキリストも同じ血筋だと言われています。すなわちキリストはハリウッド映画で観るような白人ではなかったのです。尤も、メソポタミア南部バビロニアのアッカド人、シュメール人がそもそも色の浅黒いアジア人ですから、当然そうなります。

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(英国BBC放送が発表した復元されたイエスキリストの顔) 

そういう古代歴史ものを白人主体で描いたハリウッド映画こそ虚像(ファンタジー)でしかありません。ハリウッド映画の大半はプロパガンダ用なのです。白人至上主義と自分たちの行為を正当化するためのツールです。

もうひとつ、アシュケナージ(ヘブライ語でドイツを意味する)と呼ばれるユダヤ人がいますが、こちらは白人が主体になります。偽ユダヤとも言われるアシュケナージのルーツは8世紀に突然ユダヤ教に改宗したとされるハザール王国です。ユダヤ人の定義はユダヤ教の人という事らしいので、そういう意味では一概に偽と断じる事は出来ません。

しかしながら紀元前10世紀頃に建国された古代イスラエル王国とは全く関係のない人達である事は明白です。1800年かけて白人にすり変わったなどという事は考えられません。にも関わらず、その人達は第二次大戦後帰るべき祖国としてパレスチナに大挙押し寄せて来たのです。しかもパレスチナ人と敵対しています。歴史を塗り替えようとでもしているのでしょうか。

つまり近代史に出て来る金儲けが上手く、ナチに迫害されたユダヤ人は10世紀頃にロシアに滅ぼされ、世界に散って行ったハザール系が主体のコーカソイド(白人)なのです。ユダヤ人と言えば俳優のナタリー・ポートマンやマイケル・ダグラスが思い浮かびますが、こういうイメージは戦略的に作られたものかもしれません。

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(レオンやスターウォーズでお馴染みのナタリー・ポートマン)

では10%まで減ってしまったアジア系ユダヤ人はと言うと、現代ユダヤ人社会では白人より格下に見られていると言います。尤もアヘン王と言われ上海屈指の豪商サッスーン一族はスファラディ系のユダヤ人だと言いますから、全く存在感がなかった訳でもなさそうです。商売は、やはりうまかったのでしょうか。

さて、そこで古代イスラエル人がなぜ40年もかけ苦労して辿り着いたイスラエルに定住しなかったのかという疑問が湧きます。ダビデ王によって統一された統一イスラエル王国は、息子のソロモン王の時代に隆盛を極めました。ところがソロモン王の死後BC930年に求心力を失ったイスラエルは内乱を起こし北と南に分裂する事になるのです。

後に偶像崇拝に堕落した北イスラエル王国と、まだ健全さを維持していたと言われる南イスラエル、ユダ王国です。北が10支族、南が2支族プラスワンで構成されます。いずれもヘブライの始祖アブラハムの孫であるヤコブの12人の息子の末裔達です。

堕落した北イスラエル王国はBC722年にアッシリアに滅ぼされる事になります。捕囚は2万7千人に上りアッシリアに連行されました。(ニネベ捕囚)続いて南もBC586年に新バビロニア王国によって滅ぼされますが、多くのユダヤ人はバビロンの捕囚となりバビロンへ強制的に移住させられる羽目に陥るのです。

その後、よく耳にする歴史上から忽然と消え去った「イスラエルの失われた10支族」または南も含め12支族の東進が始まるのですが、ペルシャによってアッシリアや新バビロニア王国から解放され一時はイスラエルに戻り、ユダヤ教も確立されたというのになぜ流浪の民になったのかは謎です。

旧約聖書外典のエズラ第2章、第13章には「イスラエルから離反した民は異教徒から逃れ、人がかつて住んだ事のない東の地へ行き、故国で守れなかった律法を守るためにユーラシア大陸を横断した。」と書かれていると言います。恐らく一部の人たちを除いて大多数の人は新天地を目指したのかもしれません。

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(BC8世紀からBC3世紀にかけてウクライナを中心に活動していたイラン系遊牧騎馬民族スキタイ)

移動の途中、勇猛果敢な騎馬民族スキタイや匈奴など現地の民族と融合したり戦ったりと、紆余曲折はあったものの数百年という歳月をかけて目的であった東方の日出ずる国(ミズホラ)に辿りつく事になります。その時期に関しては諸説ありますが、神武天皇が即位したと言われるBC660年ではあまりにも早過ぎるのです。

特に南ユダ王国の2支族の場合はタイミング的に不可能です。ところがある説では日本の天皇は南ユダ由来だというのですから、訳が分かりません。一方、北の10支族出身という説もあるそうです。それなら超特急で移動すれば可能かも知れませんが、あの時代、民族大移動がそう簡単に出来るとは思えないのです。

という事は戦後調査をした米軍が言うように、日本史上に於いて実在が確定されている仁徳天皇以前の日本史は神話に過ぎない可能性が大です。やはりファンタジーか? それまでの渡来人、主に弥生人は朝鮮人や中国人主体でユダヤ人ではなかったのかもしれません。日ユ同祖論が少し胡散臭いものに思えて来ました。(笑)

ところが弥生以降の日本史をよく見ていくとある事に気がつくのです。突如として大異変が起きます。基本的には穏やかで武器も持たなかった縄文人が、粗暴な弥生人の脅威にさらされるのはBC3世紀頃から紀元後の3世紀まででした。発掘された人骨に刀傷が発見されるようになるのもこの時代です。

いや、私はこの程度を大異変とは言いません。3世紀以降に、もっと劇的な変化が日本に起こるのですが、それはまた次回とさせて下さい。いや~本当に歴史は面白いですね。ロマンがあります。


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コメント

お腹がくちくなったら、眠り薬にどうぞ。

歴史探偵の気分になれるウェブ小説を知ってますか。 グーグルやスマホで「北円堂の秘密」とネット検索するとヒットし、小一時間で読めます。北円堂は古都奈良・興福寺の八角円堂です。 その1からラストまで無料です。夢殿と同じ八角形の北円堂を知らない人が多いですね。順に読めば歴史の扉が開き感動に包まれます。重複、 既読ならご免なさい。お仕事のリフレッシュや脳トレにも最適です。物語が観光地に絡むと興味が倍増します。平城京遷都を主導した聖武天皇の外祖父が登場します。古代の政治家の小説です。気が向いたらお読み下さいませ。(奈良のはじまりの歴史は面白いです。日本史の要ですね。)

読み通すには一頑張りが必要かも。
読めば日本史の盲点に気付くでしょう。
ネット小説も面白いです。

投稿: omachi | 2019年4月14日 (日) 07時58分

omachiさん
歴史小説のご紹介有り難うございます。今急に忙しくなってブログも書けない状態ですが、暇が出来たら是非読みたいと思います。

日本の盲点・・色々ありそうですが。。

投稿: 田中 徹 | 2019年4月14日 (日) 09時33分

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