« 新重商主義の時代(最終回-1) | トップページ | 新重商主義の時代(今度こそ最終回) »

2019年9月12日 (木)

新重商主義の時代(最終回−2)

Photo   

---移民政策/消費税増税/カジノ解禁に断固反対!---

ブログランキングに参加しています。

 随分結論を引き延ばして来ましたが、今回は結論から言います。私が言うところの新重商主義とは国益最優先主義の事です。何だそれなら昔の重商主義と何も変わらないではないか、などと言ってはいけません。(笑)

コンセプトが基本的に違うのです。昔の重商主義は収奪が目的でした。輸入は国内産業を関税や非関税障壁などで手厚く保護し、輸出では何とか相手をだまくらかして高く買わせる、あるいは少しだけ買って大量に売り、富を蓄積するのがその主旨だったのです。

それで上手くいったのは東インド会社のように軍事力背景の恫喝的ビジネスだったからです。つまり力でねじ伏せたのですが、今のように為替の変動があればそうはいきません。固定相場制では、いくら儲けても通貨高にならないので、ぬれ手で粟になります。最近で言えばEUでのドイツがそういう感じです。

しかしそれではギリシャのように、相手が疲弊してしまい持続可能ではありません。新重商主義はその点が違うのです。特に相手は疲弊させません。その代わり自国も輸出で大きく稼ぐ事はないのです。あくまでも内需が主体です。

それでは重商主義とは言えないじゃないか、と言われるかも知れませんが、話は最後まで聞きましょう。(笑)

その骨子はと言うと、輸入は基本的に自国にないもの以外は買いません。つまり海外製がいくら安かろうが国内で作れるものは国内で作って国内から買うのです。

輸出は生産余剰品、あるいはどうしても欲しい、と乞われたものだけを売るという考え方です。それは売り手の言い値でなければなりません。その結果はどうなるでしょうか。

途上国の一部は先進国化を諦めるしかなくなるかも知れません。中進国も今までのような水平分業での他国依存では途上国に逆戻りです。相当な努力が必要になります。

その結果は弱小国同士の合併や提携、あるいはブロック化が進むかも知れません。グローバル経済下なら、小さな国でも方向性を決めて産業を特化すれば十分やっていけました。

欧州の小国に過ぎないルクセンブルグがなぜ一人当たりGDPが世界一なのかは金融や重工業に特化し、生産性の低い産業を切り捨てたからです。弱い分野は無理せずに輸入に頼ればいいのです。

それが出来ないなら自分でやるしかありません。しかしながら巨額の開発費がかかるものは小国には無理です。最低でも4~6千万人くらいの人口がないと近代的な産業をバランスよく持つ事など出来ませんし、生産性の低い農業などを維持するのも困難です。

しかし結局それが自立の精神を育み争い事もなくします。地球の環境破壊も進行速度が桁違いに遅くなるのは自明です。これまで人類は急ぎ過ぎました。その代償は決して小さくないのです。

貿易は右肩上がりに増えて船や航空機の往復が頻繁になり、その分地球を汚染しました。また、お金のある先進国が安いものを途上国から輸入する事は一見合理的に見えて、実は公害を輸出しただけでした。
Photo_20190911175901

自国を汚さず、他国を汚すこの考え方が持続可能である筈がありません。アマゾンの森林が膨大な面積を焼失したのも、輸出のための農地拡大、焼き畑によるものと言われています。つまり大国のエゴが地球を破壊していくのです。

日本も世界トップクラスの公害輸出国だと言われています。タイからのエビ輸入や建築資材としての東南アジアからの木材輸入等々数え上げればキリがありません。しかし、この加速度的に進む環境破壊を止めるために世界は何をしたかと言うと、CO2削減ですから笑ってしまいます。

見当違いも甚だしいと言うしかありません。温暖化の犯人が立証された訳でもないし、第一CO2が多少増えても人は死にません。人体に重大な影響を与えるようになるのは未だ未だ遠い先の話です。

それより喫緊のもっと深刻な問題が山積みされています。CO2削減のためのEV化はリチウム産出国で土壌を汚染し、電力不足に対応する形の火力発電所建設などで大気汚染はさらに進みます。毎年数百万人が大気汚染で亡くなっているにも関わらずです。

原子力にすればいいのかもしれませんが、問題が起きた時のリスクを考えると、今以上増やすのは非現実的と言わざるを得ません。経済優先策を採らなければ政権が保たない中国の砂漠化も深刻で秘かに北京に迫っていると言います。

それもこれもグローバル化、自由貿易が招いた弊害である事は言うまでもありません。いえ、誤解されては困りますが、今回はそんな優等生ぶった社会派的なことを言うつもりは毛頭ありませんので、ご安心下さい。(笑)

さて、今回韓国との一件は実に大きな示唆を人類に示しています。実は地球の進化、ハイテク化は幻だったのではないか。さらに経済的発展さえ胡散臭いものに思えて来ます。本当はそれ程人類は変わっていなかったのです。

その錯覚を作ったのは、言葉は悪いかも知れませんが、ないものをあるように見せるという手品、いかさまでした。騙されていた国の筆頭は日本です。廻りから寄ってたかっておまえなんか大した事ない、戦犯国だ、と罵られている内に自分を見失ったのです。

今回の件で色々調べていく内に、世界の製造業は、実は日本がなければ成り立たない事が、薄々とは知っていたものの鮮明になって来ました。それは世界にとってあまり好ましい事ではありません。

そのためあの手この手で日本人を陥れて来たのです。歴史問題、捕鯨問題もその一環でしょうか。80年代からの為替の変動にもその足跡が如実に表れています。ここまで実質実行レートと名目レートが乖離した国はありません。それは人為的と言わなければ説明のしようがない程です。

当然日銀がそれに与している事は想像に難くありません。前川総裁は米の圧力に屈したとしか思えない前川レポートの中で規制緩和を中心とした構造改革、市場開放、金融自由化を提唱しました。正にグローバル化で、三重野、福井と続く体制下で日本経済を破壊していったのです。

 

376420190910225136

この為替レート、確かに85年頃まで円は割安でした。対日貿易赤字拡大で業を煮やした米がプラザ合意を仕掛け、円高が始まりますが20年近い間は超円高に悩まされます。一時1.5倍もの円高は異常でした。

実はこの時期は日本にとってひとつのチャンスだったのです。実力以上の円高なら、実力に見合ったものにすれば良いだけです。つまり付加価値アップを基本とする生産性の向上で内需拡大を推進すれば最強の経済大国が誕生したでしょう。

ところが政府や企業のとった政策はその真逆で外需を主体に考えたものでした。つまり円高には人件費を下げて対応したのです。これでデフレが確定し、貧困化が始まりました。

その後、無策だった民主党時代にはなぜか実力相応となるものの、アベノミクスの異次元緩和で今度は実質実行レートが70台という超円安になります。これはこれで異常なのです。その場合、本来なら輸出が激増するところ、メインの製造業は海外進出を果たしているので大した貿易黒字にはなりません。

実はここがミソなのです。(笑)実力以下の円安なら国内の物価が上がらないとバランスが取れません。さもなくば海外から買い叩かれるのがオチです。

実際、欧米や韓国、中国の狙いは日本の資本財、生産財です。それさえ手に入れれば日本の独壇場にはなりません。日欧FTA、日米貿易交渉では完成品の関税は据え置きで部品の関税は即刻ゼロという、なり振り構わない手段に打って出て来ました。(笑)

関税ゼロでしかも円安なら、世界のライバル企業達は日本にしかない優秀な部品や素材を凄く安く手に入れる事が出来るのです。自由貿易を錦の御旗に掲げるお間抜けな日本政府は、嬉々として自慢げに交渉結果を報告する有様です。

尤も、現政権に限ってはデフレ脱却のために全く何もしないで手をこまねいていた訳ではありません。一応ポーズは見せました。日銀総裁の黒田さんはそういう異常な現状を打開するためにインフレターゲット2%を掲げたのです。

ところが、内部留保をしこたま抱えた大企業による設備投資は思うように伸びず、給料も上がりませんでした。なぜなら既に外圧に負けて日本をそういう体質にしてしまっていたからです。それを当の日銀が知らない訳はないので異次元緩和も別の目的のため仕組まれたものと考えるのが自然です。

その理不尽と言える円安と適正な対価が商品に反映されないデフレで、日本は二流国に成り下がり、二進も三進も行きません。正に雪隠詰めです。このまま緩やかな死を迎えるのかと暗澹たる気持ちになります。

そう思っていた矢先の出来事でした。もちろん韓国ホワイト国除外騒動です。

え~と、終わらせるつもりがまた長くなりました。次回こそ最終回にします。(笑)

 

 共感いただければクリックをお願いします。 

|

« 新重商主義の時代(最終回-1) | トップページ | 新重商主義の時代(今度こそ最終回) »

経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 新重商主義の時代(最終回-1) | トップページ | 新重商主義の時代(今度こそ最終回) »